2008年2月15日金曜日

冬瓜息子と蘆仙人

 今でも南支那の漳州府と云う都の、城南門内には南台廟と云う廟がって、そこには青い顔をした紅鬚の神様の像が祀ってあります。この神様の像は張趙胡爺と云う神様の像で、それがこの話の主人公のです。

 昔南支那の潮州府潮陽縣と云う所から八十清里ばかり距れた所に、龍角村と云う小さな村がありました。小さいながらごく平和な村で、その村に張老児と云う人が住んで居りましたが、この人は大そう不幸な人で、子供もない上に妻にも早く死に別れてしまいました。けれど根が律義者の事とて、いろいろ言ってくれる者のあるにも気もとめず、今日が日まで長い歳月を、自分の影法師とたった二人きりの対座で、鰥生活を続けて来ました。家には多少財産もあり、貸家の四五軒も持っていますので、至極気楽にその日その日を送っておりました。ところがある年の夏のことでした。慰み半分庭の隅に植えた一本の冬瓜の苗が、何時の間にか成長して、その巻鬚が隣家の趙二郎と云う人の家の屋根にまで匐い蔓りましたので、趙から恐ろしい苦情を持ち込まれました。で張は甚く弱っておりましたが、そのうちに巻鬚はその又隣りの胡小三と云う人の家の屋根にまで匐い蔓ったものですから、今度は胡まで同じように苦情を言って来ました。張はすっかり閉口してしまって、飛んで面倒が起ったものだと、嘆息しました。

 隣家からの苦情は、なかなか手厳しいもので、人の家の屋根にまで匐い出して、迷惑をかけるような冬瓜は、どうしても切り捨てて貰はたきゃならんと言うのでした。で、張も仕方なく、折角植えてやっとこれまでに成長した冬瓜、惜しいけれども、他人に迷惑をかけるのでは、切らずに措けぬと思って、いよいよ切り捨てることに決心しました。さて翌朝張は鋏を手にして庭に出て、成長した冬瓜を惜しそうに眺め、蔓延てる巻鬚の行衛を辿って見上げると、胡の家の屋根に匐い蔓っている巻鬚の葉蔭に思いかけず大きな冬瓜が一つ生っているのが目につきました。で、張は覚えず、

 『やア冬瓜が生っているぞ、これやア珍しい』と叫んで、驚きの眼を瞠って暫時その屋根の上を見上げておりました。

 思いもよらぬ発見物に驚いた張は、これは珍しい、たとえ他人の家の屋根に生った冬瓜でも、自分が植えた木の巻鬚に生った以上、私の所得物だ、今日は切るのを止めにして、二三日経ったら獲ってやろう。大分大きいから味も甘いに違いない。と、ほくほくしておりました。するとその時、鋏の音を聞いた胡は、さては苦情を云ったので、張の奴いよいよ切ることにしたなと思って、これも庭に出て張の様子を窺うと、張は我家の屋根を見上げて切りに何か独言を云っているのです。で、胡はこれは可笑しいぞと思って、何気なく自分も屋根を見上げますと、其処に大きな冬瓜が一つ転がっているのが目につきました。これを見ると胡も思わず喜びの声を挙げて、

 『これや有難い、大きな冬瓜だ、俺の家の屋根に転がっている。これは当然おれの所得物だ』と、これも独断に自分の物として、有卦に入ってにっこりしました。

 独断で勝手に自分の所得物にしていた張と胡は、すっかりににこにこもので、その翌日からは毎日屋根を見上げて、喰い頃になる日の来るのを、心嬉しく待っておりました。するとそれから暫く経ったある日のことと、胡はまたいつものように屋根を見上げて、

 『うむ、もう喰い頃だろう、一つ取って食べるかな』と云いながら、屋根に梯子をかけ、のこのこその上に攀って、冬瓜を取り、嬉しそうに抱えて庭に下りて来ました。そして、

 『やぁ甘そうだ、有難い』と云って、窓に置いて一人で悦んでおりました。そんな事とは知らぬ張は、これももう喰い頃になっただろう、とその翌朝胡に知れないように、自分の家の屋根に梯子をかけて、そこから、屋根伝いに胡の家の屋根に来て、冬瓜を取ろうとしてふと見ると、これはまたどうした事か影も形もありません。

 『おやッ、無いぞ、おかしいな、昨日までちゃんとあったのに』と怪いみながら屋根じゅうを捜し廻りましたが、どうしてもみつかりません。不思議な事もあるものだとは思いましたが、ないものはどうにもしようがないので、ぶつぶつ不平を云いながら、わが家の庭に下りて来ました。けれどどうも不審で仕様がありません。

 ところがその後、ある用事をすましての帰途、胡の底先を通りかかってふと垣根越に見るともなく中を見ると、計らずも、その窓の上に例のなくなった冬瓜がちゃんと置いてあるではありませんか。張は吃驚して、

 『やァ、あるぞあるぞ、確かにあの冬瓜に相違ない』と覚えず声をあげました。そして垣根越に大声で、

 『おい胡さん、えらい大きな冬瓜じゃないか』と云いました。部屋の中にいる胡は、こう云われると急いで窓から顔を出したものの、呼んだ者が張なので苦い顔をしました。けれども今更隠れもならず、ただ、

 『やァ、これかね』と云ったきり、にやにや笑っていました。

 張は胡の様子と窓に冬瓜が置いてあるので、あの屋根の冬瓜はてっきり胡が取ったに違いないと思ったので、

 『おい、一体そんな冬瓜が何処にあったね、どうして手に入れたんだい』と訊ねました。すると胡は冬瓜を見ながら、

 『ああこれかい、これは俺の家の屋根に生ったのさ』と云いました。これでいよいよ胡が先越しをして取ったのだということがはっきり分りました。張は口惜しいことをしたとは思いましたものの、冬瓜は現に胡の手許にあるので、それを自分の所得物とすることは出来ません。で、これは何とか口実を設け取ってやろうと考えて、

 『おいおい、その冬瓜は私の所得物だよ』と云いながら、ずんずん庭へ這入って行きました。

 さあこうなると胡も黙ってはいられません、すぐさまそこへ飛びだして、

 『張さん、妙なことを云うじゃないか、全く冬瓜は私の家の屋根に生ったんだからね、それを私の所得物にするのは当然だろう』

 『それや成程胡さん、冬瓜はお前さんの家の屋根に生ったんだろうが、それも私が冬瓜の苗を植えたからだ、そうすれば冬瓜は私の所得物じゃないか』こう言いながら張は窓に置いてある冬瓜に手をかけようとしましたので、たうとう喧嘩になってしまいました。ところがこの喧嘩の声を聞いて出てきたのが、二人の家の間に住んでいる趙二郎です。

 『まァまァ待った』と両方を宥めて、お互いの言分をすっかり聞きとりました。それで仲裁するのかと思うとそうではありません。

 『おいおい、お前さん達が幾ら喧嘩をしてまで取ろうと思ったってそれゃいけない、その冬瓜は私の所得物さ。まァ考えて見るがいい、たとえ張さんが苗を植えたにしろ、また胡さんの家の屋根に生ったにしろ、もし私が私の家の屋根に蔓った巻鬚を切ったらどうだい。冬瓜なんぞ生るもんかね。私が丹精して巻鬚を蔓らせたからこそ生ったんだよ、そうすれば冬瓜は私の御蔭で出来たと云っても可い、だかろう私が貰うのさ』と、変な理屈をならべて自分の所得物にしようとしました。ところが二人はなかなか承知しません、この不届もの奴と云って喰ってかかったので、喧嘩はいよいよ大きくなってしまいました。

 三人は暫く喧嘩をしていましたが、やがて張は何と思ったか、急にようすを変えて、

 『おいおい、一寸待て』と手を拡げて、『どうだね、お互いに冬瓜一つで喧嘩したところで、しまいには怪我をするくらいおちだ、馬鹿馬鹿しいじゃないか。それよりも一つこうしよう、冬瓜が一つだからこそ誰が取っても工合が悪いのだ。公平に三つに分けよう、そうすれば誰を怨むということもなくなるわけだ、どうだねそうしようじゃないか』と、こういいだしました。胡も趙も初めのうちこそぐづぐづ云っていましたが、喧嘩など馬鹿げたことと気がついたのでしょう、渋々それを承知しました。そこで相談が纏まり、一つの冬瓜を公平に三つに割って、その一片ずつを取ることにきめました。

 張が発頭人でもあり、こうしたことは馴れた器用な男だと云うところから、分配役を引受けることになりました。で、すぐさまわが家に帰って庖丁を持って来て、二人の面前で冬瓜を三分しようとしました。ところが不思議な事に庖丁を入れたと思うと冬瓜の中からは、顔の青い鬚の赤い子が、ひょっこり躍り出ました。三人は、

 『あッ、赤ん坊が……』と云って吃驚仰天、意外の珍事出来に呆れ返って、ただ顔を見合せているばかりでした。けれどその後儘にして置くわけにもゆきません。

 『これは不思議だ、冬瓜の中から人間の子が躍り出すなんて、全く驚いた』と云いながら、さてこの子の始末をどう附たものかと、三人首を捻って考えましたが、頓といい思案も浮びません。これには三人とも往生してしまいました。

 『一体この子は誰の子にするんだ』最初にこう云ったのは胡小三でした。三人で争った冬瓜から生れた子なので結局は三人のうち誰か一人が引受けなければならないと思ったのです。すると張老児は見るからこの子が悧巧そうなので、幸自分は子のない鰥暮し、一層自分の子にして引取ろうと、こう考えつきました。そして、

 『ねぇ、趙さん、胡さん、どうだろう一つ相談があるんだが、と云うのはこの子さ、お互いに三つに分けようとした冬瓜から生れた子なのだから、いずれは私等で誰かが引受けることになる。どころでお前さん達も知っての通り、私は子供もない鰥だ、相続人もない事だから、私が死んだら家も自然滅びてしまうということになるのさ。でどうだね、この子を私に呉れないか、可愛がって育ててやるが……』と云いました。ところが胡はなかなか承知しません。

 『いやそれやいかんよ、この冬瓜は私の家の屋根に生ったのだし、この子はその冬瓜から生れたのだ、だからこれや私が育てるのが当然だ』こう云ってどうしても子供を張に渡そうとしません。それでまたもや喧嘩になりそうになりました。

 冬瓜なら三つにも分けられますが、人間の子ではどうもそういうわけにゆきません。それかと云って張にも渡されなければ胡にも遣れず、二人の間に入った趙はその裁きに困ってしまい、何とか名案はないかと、一人でしきりに考えておりました。すると丁度その時好い工合に、納税の催促に来る陳姚徳と云うこの村の役人が、そこを通りかかりました。これを見た趙は、これは好い処に好い人は来たものだと、早速姚徳に今までの一伍一什を話して、その裁決をつけてくれと頼みました。姚徳はその話でこの場の様子を知り、冬瓜から子が生れたのは、いかにも不思議だと思いましたが、折角頼まれるのですから、何とか始末をつけなければ、役人と云う身分の手前もあり、いやとも云えず引受けてしまいました。けれどもさしあたって名案も浮びません。暫くじっと考え込んでおりましたがさすがふだんから智慧者と云われている人だけに、やがて何か考えついたものと見えて、一人頷き、にっこり笑って三人の顔を見較べてこう申しました。

 『そうだ、冬瓜はお前達三人で分けると云ったな、それじゃ冬瓜はお前達三人のものに相違ない。であって見れば、その冬瓜の子なら、子供もやっぱりお前達三人の子じゃないか、だから誰彼の子と云わずに、お前達三人の子にするんだね。そして名も三人の家の姓を取って、張趙胡と付け、三人もやいで育ててやることにしてはどうだ。ねえ、そう定めることにしようじゃないか』こう言われては仕方がありません、姚徳の裁いた通り、子供には張趙胡と名をつけて、三人もやいで育てることになりました。

 青い顔をした、頭髪の赤い冬瓜の子張趙胡は、姿こそこんな妙な様子をしておりましたが、その悧巧なこと、元気なことと言ったら、実に素晴らしいものでした。で、三人はこの子が成人したらどんな傑物になるかも知れないと云うので、まるで競争のようにして大切に可愛がって育てましたので、張趙胡はぐんぐん壯健に育ってゆきました。それに大きくなるにつれて、その賢明くなることと言ったら驚くのほかありませんでした。これでこそ育てた効があると、三人の育親は大喜悦で末頼母しく、生みの子にも優るほど可愛がり、なほも心を砕いて育てておりました。ところが、張趙胡が十六歳になった時、折角生みの親にも劣らぬほど慈愛をかけて育ててくれた親共は、不思議にも張老児を最先に、続いて趙夫婦胡夫婦と、仮の病が因となって、次ぎから次へと死んでしまい、可哀想に張趙胡ただ一人とり遺されました。きっとこれも何かの因縁でしょう。

 孤児になった張趙胡は、淋しく此処で生活をしなければならない事になりましたが、根が賢明な少年ですから、淋しいからといって何時までも泣いているようなことはありません。子供ながら行末のことをいろいろと思いめぐらしておりました。ところがある日のこと、机に対って読書していましたが、何思ったのか、急に読書を止めて、腕組をして、じっと考えこんでしまいました。そして、

 『そうだ、もう私は一人ぼっちなんだ、何時までこんな所にいるでも仕方がない、それよりは一奮発して何処かに出かけ、うんと修業して、傑い物になろう、それが可い』と独言して、男らしくそれと決心しました。そして家事万端一人で始末した上、明日はいよいよこの土地を去って、知らぬ諸国を巡り、良い師匠を見つけようと、その日の夕方、育ててくれた親達の墓に参詣しました。

 『私は明日から旅に出て、良い師匠を尋ねて修行をいたすつもりでございます。長い間御育て下さいました御恩は決して忘れはいたしません、成業の暁には必ず御恩報じをいたしますから、暫くお暇を下さいまし、今日はそのお暇乞に参ったのでございます』と、まるで生きている親にでも云うようにこう云って暇乞いをし、やがて其処を立ち去ろうとしました。けれど流石に名残が惜しまれて、近くの丘の草原に腰を下して、今の身の上や行末の事などを、考えるともなくいろいろに思いめぐらしておりました。ところが、何時の間に来たのか、紅顔白髪の乞食姿をした、一人の老人が何処からともなくふと姿を現して、じっと張趙胡の様子を見ておりましたが、暫くするとつかつかと彼の方へ歩み寄って、

 『ああもしもし』と声をかけました。『お前さん何をそんなに考えこんでいるんだね』

 張趙胡は吃驚して、さも怪訝そうに老人の顔を見つめました。が、老人は人のよさそうな顔をしてただにこにこ笑っているのです。場所が場所だけに、さすが張趙胡も少し薄気味悪くて、すぐには返答も出来ませんでした。すると老人はまだ笑い続けながら、

 『ははア驚いたかい、これは飛んだ失礼をしたな、不意に声をかけたりして……』と気軽にこう詫びました。

 『だが、わしにはお前さんが気に入ったよ、それで声をかけもしたんだがな、まア勘弁してわしの云うことを聞くがいい。わしはこんな姿こそしているが、決して怪しい者じゃない。そら、あのずっと向うに見えるあの山に住んでいる老爺だかな。今此処へ来てお前を見ると、急にこう可愛くなってしまったのさ。だが、何をそんなに考えこんでいるんだね、一つ話してごらん、相談相手になろうじゃないか』

 優しい声でこう言われて、張趙胡の疑も幾分薄らぎました。それに見ず知らずの老人が、こんなに優しく言ってくれるので急に嬉しくなって、懐かしそうにその顔を見上げながら、

 『実は私は張趙胡と申す者ですが、かようよう次第で……』と、今日までの自分の身の上を、少しも包まず話しました。老人は時々頷きながらだまって聞いておりましたが、やがて張趙胡の語り終るのを待って、

 『それじゃつまり師匠を尋ねて旅立ちしようと云うんだな』と問い返しました。そこで、張趙胡はそうだと答えました。すると老人は、

 『そうか、お前さんが、心から修業する気なら、一つわしが教えて進ぜよう。わしは浙江の盧山王だよ。明日わしの所へ訪ねて来なさい』と云い残しておいて、張趙胡の返事も待たずに、ぶらりぶらりと何処へか立ち去ってしまいました。張趙胡はこの乞食爺さんが本当にあの名高い盧山王かしらと思いましたが、兎に角明日になったら訪ねて見ようと決心して、墓場を後に我家をさして帰りました。

 盧山王というのは、浙江の山奥に住んでいる名高い学者で、当時誰知らぬ者もないくらいの人でしたが、何しろその住家が恐ろしい山奥なので、よっぽど熱心な者でない限り、教を乞い者も至って尠かなったのです。龍角村からそこまではなかなかの遠路です。しかもその道と来たら頗る難路で、その上途中には猛獣や毒蛇が徘徊すると云うのですから、物騒この上もありません。張趙胡はそのくらいの事でびくともするような子ではありません。修業したさの一念で、山を越え川を渋り、林を通り、森を過ぎて、ある時は猛獣の吠える声を聞き、或る時は毒蛇に追われながら、日が暮れると木の下蔭や巌蔭などに夜を明かすなど、あらゆる艱難辛苦の数を尽した揚句、やっとの事で盧山王の住家に辿り着きました。けれどもその時には餓と疲れのために言葉もでないくらいに疲れはてておりました。

 『ご免下さいまし』門口まで来ると、彼は満身の勇を皷して案内を請いました。『わたくしは龍角村の張趙胡と申すものでございます、先日のお約束通り修業に参りました。先生御在宅でございますか』

 するとひょっこりそこへ姿を現したのは、先日とは変って、まるで神様のように神々しい盧山王でした。

 『おう来たか、感心感心』先生はにこにこもので大変いいご機嫌です。『大方途中で往生しただろうと思っていたが、よく来てくれた。さあ上れ』と、自分の居間に連れて行きました。そして張趙胡が途中の艱難辛苦を話すと大層感心して、

 『よしよしそうなくてはならん。これからわしが充分教えてやろう、一心に修業するんだぞ』

 手厚く歓待されて、その夜は床に入りました。

 さてその翌日になるといよいよ師弟の約束を結び、張趙胡は一生懸命修業を始めました。が、人の一心ほど恐ろしいものはありません。根が悧巧な上にまるで命がけて勉強した張趙胡は、僅四五年の間に、師の盧山王でさえ舌を捲いて驚くほどの、天晴智勇兼備の若者となりました。これならば盧山王の後継者となっても恥かしいことはありません。盧山王の満足はいうまでもないこと、いつしかこの噂が龍角村に伝って、村人は誰も彼も驚き褒めぬものはありませんでした。ところが丁度その年、漳州に一つの騒動が起きました。謀叛人が起って漳州のお城を攻めとってしまったのです。そして人民どもはその賊軍のために苦しめられると云う有様で、漳州の都は日一日と荒されてゆく一方でしたが、さて城主の為に賊と戦うと云う者は、誰一人としてありませんでした。するとその時誰から聞いて知っていたのか、城兵の一人が、

 『浙江の山奥、盧山王の処に、張趙胡と云う傑物がいるから、その人を招いてもう一合戦してみたらどうだろう』と云いだしました。そしてそれを城主に勧めたので、城主は早速盧山王の所へ使者を遣し、是非張趙胡に軍師となって、働いて貰いたいと、盧山王に頼みました。漳州の様子をよく知っている盧山王は、城主の心中を察して、一も二もなく承知しました。そこで、いよいよ張趙胡は漳州方の軍師となって働くことになり、盧山王から暫時の暇を貰って、漳州の陳屋をさして出発しました。

 漳州軍の軍師となった張趙胡は、すぐさま戦に敗れて散り散りになった城兵をとり纏め、勢い猛く賊軍を攻めつけました。年齢こそやっと二十歳の若者ですが、さすが盧山王に就いて充分に修業しただけあって、奇策縦横天晴れ無双の大将振り。率いている軍勢は疲れはてた敗兵にも拘らず、さしもに強きを誇った賊軍を、木葉微塵に買改め散らし、一度陥った城を再び取り返して、とうとう賊を一人残らずうち取ってしまいました。そして漳州府は以前の通り安泰となりました。城主始め人民達の喜びは言うまでもなく、その評判は一時にぱっと四方へ広まりました。そして漳州府の人々は張趙胡を神様のように崇めて、是非この地に止まってくれるようにと、仰まんばかりにして頼みましたけれど、張趙胡はまだ修業中だからと云って、その願望を退け、位置や名誉にも目もくれず、別れを惜しむ人々の袖を払って、再び浙江の山奥、盧山王の許へ帰って行きました。けれどその後は一生を修業にゆだねて、漳州は無論のこと、他の土地にも決して姿を現さなかったと云うことです。

 その後漳州人は、張趙胡が死んだと聞いて大層悲しみ惜しみ、この人こそ漳州人にとって命の親だ、守護の神だと云うので、護国掌教大神仙という神に祀りました。が、その後、漳州の人達は相談して、この人の恩徳をいつまでも忘れぬためにと云うので、漳州府城南門の内に一つの廟を建立しました。それが今も残っている南台廟であります。

2008年1月15日火曜日

愚息子陳大愚の話

 昔、ある処に陳善木と云う男がありました。妻と一人の息子と親子三人、睦まじく暮しておりましたが、その家は至って貧乏なので、善木は苦力に、妻は洗濯女に、何れも日傭稼として傭われ、僅ばかりの賃金を貰って、やっとその日その日の飢餓を凌いでおる有様でした。その家なども実に酷いもので、壁は落ち、屋根は破れて見る影もない頽屋、家と云うのは名ばかり、豚小屋も同然でした。だが、まだそればかりではありません、貧乏人の悲しさ、親子三人服衣と云えば、年中一枚で押し通し、もう長い間新しくこさえたことなどありません、まるで、荒布をぶらさげたような古物を着ている始末なのです。食べ物だってお米のご飯なんか口にしたこともなく、毎日藷粥ばかり啜っているのでした。他人が見たら、人間というものはこんなにしてまでも、活きていたいのかと思われるほど、それはそれは気の毒な可哀そうな身の上でした。

 けれど陳夫婦は、揃いも揃った律義者ですから、自分達がこんな境遇でいるのもみんな運命、何も他人を羨むことはない、親子三人が健強でその日その日を暮してゆければ何より結構と、不平がましいことなど少しも云わず、その日その日の家業に精を出して、働いていたので、人々の評判も好く、貧しいながらも気楽に暮しておりました。ところが、ここに陳夫婦のたった一つの苦労の種と云うのは、一人息子のことで、もう今年二十三四にもなるのに、これがまた大の愚者、立派な身体をしていて、力もあれば元気もありながら、どうも智慧が足りないので、親の手助は愚、どんな仕事も出来ず、何の役にもたたないので、何処の家でも傭ってくれ手がありません。で、毎日毎日唯ぶらぶらと遊び廻っているという、本当の親の脛噛りでした。それですから近所の者からは、やれ陳の馬鹿息子とか、陳の大間抜、大馬鹿野郎など呼ばれていました。こんな工合ですから誰一人この息子の本名を云う者とてはなく、陳大愚陳大愚とばかり呼んでいましたので、この名の方がよく知れ渡ってしまいました。

 ところが、不具や愚劣な子ほど、ひとしほ可愛いのが親の情と、よく世間で云う通り、大愚と呼ばれるほどの馬鹿息子が、陳夫婦にはまたとなく可愛いのでした。人前でこそ、わが子の愚劣に愛想を尽かしたようなことを言って愚痴さえ洩らすものの、わが子に対してはこの愚劣な生れつきが可哀そうで可哀そうでたまらず、それが次第に募って可愛くさえなるのでした。けれどもこの大愚こそいよいよ馬鹿者なのでしょう、親の心子知らずで、可愛がられるのを好いことにして、愚劣な事ばかりしては、人に笑われ人間並に扱われないことなど一向平気で、のらりくらりと遊び廻っておりました。

 丁度ある年の夏の初め頃のこと、陳の妻君は賃仕事をして幾許かの賃金を貰いました。で、母親は優しい親心から、久しい間新しい着物一枚着せなかった大愚に、この賃金を貰ったのを幸に、夏の着物を一枚造ってやろうと思って、その日仕事の帰りがけに呉服屋へ寄って、粗末ながら、白い服地を買って帰りました。そして、

 『さあ、これでお前の夏服を造ってあげるよ』と云って大愚に買って来た服地を出して見せました。いくら馬鹿息子でも、これを見ると流石に嬉しかったと見えて、にこにこしながら言いました。

 『ああ、私の夏服を造るのだって、うまいな。新しい上等の着物が着られる、嬉しいな、有難い』そして服地を見返しては喜んで、『いつ拵えるの、早く拵えておくれよ、わしはそいつを着て、みんなに見せてやるんだから。さあ、今すぐ拵えておくれよ……』と、暢気なことを云いました、妻はもう二十三四歳になった男が、八歳か九歳の児童のように、ただ訳もなく嬉しがるのを見ていると、嬉しいやら情けないやらで、思わず袖で涙を拭きました。

 大愚は母から新しい夏服を着せて貰えるという事が嬉しくて堪らず、早くしてくれ早くしてくれと頻りにせがむのですが、貧乏人のことですから、実はまだ針も糸も揃っていない始末なのです。で、ただ一図に早く早くと強請むわが子を宥めて、

 『まあまあお待ち、服地は買ったけれど、これを仕立てるには糸と針とがないと拵えられないんだから。明日針と糸を買って来るから、そうしたら直ぐ拵えてあげるよ、明日ね』と云って聴かせました。けれどそえをそのまま『はい』と承知するような大愚ではありません、それでもまだ早く拵えろと云うので、母もこれにはほとほと困ってしまいました。そして種々と云いきかせてやっと宥め、明日はきっと拵えて遣ると、堅い約束をして不承知不承知に承知させて、その夜は親子三人いつものように、静かに安らかに床に就きました。

 さて翌朝になると、平素は午刻過ぎまでも寝る朝寝坊の大愚が、如何したものか、両親の起きない前に、むくむくと寝床を離れて起き出しました。そして早速昨夜母から見せて貰った服地を見ようと、昨夜寝る前に母が置いた棚の処へ行きました。この馬鹿者でも新しい着物を着るのが余程嬉しかったと見えます。大愚はすっかりほくほくもので棚の処へ来て見るとこれは意外、昨夜確かに母が置いたその服地は、自分達が寝ている間にどこかへ行ったものか、影も形もありません。流石の大愚も泣かんばかりに吃驚して、

 『おやないぞ、どうしたかな、わし等の寝ている間に、誰か盗みやがったな』と、四辺を血眼になってごそごそ捜し廻りました。けれどどこへ行ったものか、皆目見当たりません。大愚は顔色をかえて、まだ寝ている両親の枕許へ飛んで行き、大声を張り上げて、

 『た、た、大変だ大変だ』と云ったまま、大きな男がおいおい泣きだしました。寝ていた陳夫婦は不意にこう呶鳴られたので、これも吃驚して眼を覚ましました。そして寝床から飛び起きてみると、大愚がおいおいと正体もなく大声で泣いているので、夫婦は何事かと驚き呆れ、泣き入る大愚を宥めすかし、事の仔細を聞いてみました。すると、例の大切な服地が紛失していると云うのです。これには夫婦も驚いて、今度は親子三人で眼を皿にして捜し廻りましたが、それらしいものは影も形もありません。不思議なこともあるものだとは思いましたが、根が豚小屋同然の頽屋、戸締さえ禄に出来ない家のこと、多分親子が寝ている間に、盗棒が入って盗んで行ったに相違ないと、夫婦の者はこう気がつきました。そこで泣き入っている大愚にもこの事をよく言いきかせ、盗棒の仕業だろうから仕方がない、断念めるがいい、このうちにまた買ってやると云って、慰めました。けれど折角働いて儲けたお金で、やっと買って来て、可愛いわが子に着せて喜ばせようとした妻にしてみれば、思えば思うほど口惜しい、情けなくて堪りませんでした。そして、

 『本当にまァ何と云う憎らしい盗棒なんだろう、貧乏な我家などに入って、物品を盗むなんて』と云って、落胆してしまいました。すると陳は、

 『何も運が悪いからさ、愚痴なんか云わないで断念めるがいい』と、これも困り抜いて宥めました。けれど、妻は何と云っても女のことです、あきらめろと言われたってなかなか断念めることは出来ません。それに大愚は大愚で、昨夜から楽しみにしているのですから、今になって、父が何と云ったとて、おいそれと済ますことではありません、いかにも馬鹿者らしい文句をいろいろと並べ立てるのです。

 『ねえお父さん、口惜しいよ、わしこれから捜しに行こう。この界隈は広いようで狭いんだから、捜せば見つかるとも。服地だってちゃんと覚えているらあ。真白な布なのさ、なァに心配しなくでもいい、わしが行ってすぐ捜して来る』

 そこが愚物の悲しさ、ただ白い布ということばかりを目当てに、父の止めるのを聴かず、こう云うが早いか、ひょいとわが家を飛び出してしまいました。陳もすぐさまその後を追いかけて門口の処まで出てみましたが、何処へ行ったものか、もう影も形も見えません。で、仕方なしに、

 『どうも馬鹿者には困ってしまう、あんな奴のことだから、また飛んでもないことを仕出来してきやしないだろうか』独言を云いながら部屋へ帰りました。そしてすっかり落胆して茫然している妻に、大愚が飛出したことを話して、

 『おいおい、もう愚痴を云っても、盗まれたものは戻って来ない、災難と思って思い切るさ』と、妻の気を替えさせようとしました。けれど妻は女ですから、なかなかそう云うわけにはゆきません。で、陳は仕方なしに、その上何とも云わず、さっさと稼ぎに出かけました。

 さて口惜し紛れにわが家を飛び出した大愚は、捜しには出たものの、実のところ何処と云う目当てもないので、暫くはただ足に任せて歩いておりましたたが、ふと気がついて見ると、自分は或道の四辻の所に立っているのでした。

 『さァ、わしは何処へ行くつもりだったろうな』大愚は歩み止めて、こう独言を云いました。けれど、無論何処を捜すと云う考もないので、儘よどばかりそれからは足の向いた方へ出かけ、東へ行ったり西へ戻ったりして、ぐるぐる歩き廻った末、たうとう一つの橋の袂へ来かかりました。するとその時、向こうから澤山の吊旗を先頭に、ぴいぴいどんじゃんと銅鑼や笛太鼓を打ち鳴かした葬式の行列が、大愚の方へ進んで来ました。これがお葬式などとは夢にも知らぬ大愚は、暫くの間その行列をさも面白そうに見ていましたが、その時ふと彼の目にはいったのは、その行列の中の人が大勢、頭に白い布を被っていることでした。

 『やァ、あの男だな、わしの家から盗んだ奴は、そうだ。あの白い布はわしの服地なんだ』馬鹿者のこととて全く仕方がありません、白い布を見ると、盗んだ物を使って頭に被っているのだと一途に思い込んだものです。さあ大変、盗んだ奴を捜して当てたと大層喜んで、不意に行列の中に躍り込みました。そしてこれもやっぱり白い布を頭に被っていた一人の男を捕まえて、

 『やい、この野郎。よくも図々しくわしの家から盗んだ布を頭に被っていやがるな、この盗棒め。さァ捜し当てたぞ、捕まえるぞ』と、呶鳴りながら力いっぱい小突き廻りました。

 葬式の横合から妙な男が不意に飛び込んで、盗棒呼はりをしながら小突き廻したので、捉った男も吃驚して、

 『な、な、何を云うんだ、この狂人奴』と叱りつけました。けれど一途にそうだと思い込んでいる大愚は眼を怒らして、

 『なんだ、よくそんな事が云える。その頭に被っている白い布は、俺の家から盗んで来たんだろう、この盗棒奴』と云って、また棒を振って打ってかかりました。で、こんな邪魔者が入った葬式の行列は一度にどっと崩れ、たうとう騒動になってしまいました。これを見た行列の人々は、

 『それ狂人が飛び込んだ』と皆で押えつけようとしましたが、何しろ大愚は馬鹿に力が強いので、なかなか押えられず、益々暴れ出すばかりでした。押えようとしている人が、反って押えられそうになる状態なのです。で、皆も狂人を対手にしては損だとばかり、可い加減にあしらって、また行列は進み始めました。ところが大愚はいよいよ怒って、

 『おのれ、脱すものか』と、その後を追いかけ、またもや暴れ出すので、今度は先方も容赦せず、みんなで寄って集って取り押えました。大愚の頭には拳固が雨のように降って来ました。多勢に無勢、流石の大愚も散々苛めぬかれ、

 『この白痴者奴、気をつけろ』と呶鳴られ、袋叩の憂き目を見ました。

 幾ら強くても衆寡敵せずで、大愚は盗んだ奴を押えようとして、反対に袋叩きになり、頭に大きな瘤さえ作って怕然と我が家に帰り、今日の出来事をさも口惜しそうに父に訴えました。父は息子の愚かさを今更のように呆れはてて、大愚の頭を覗きながら、

 『ああああ、お前はほんとになんという馬鹿者だろう。お前が見たと云う行列は、それは葬式なんだよ。そう云う時には誰も悲しい思いの人ばかりなのだから、どうもお気の毒様、御愁傷のことで御座いますと云えば、先方でも喜ぶのだ、いいか分ったかな』と教えました。そして言葉を次いで『それから何だぜ、白い布だってうちだけにあるんじゃない、何処の家にもあって、誰でも使うのだ、だからただ白い布を見たからと云って、盗棒呼はりは可くないよ。無闇と人を疑うものだから、そんな酷い目に逢ったんだ。罰だと思うがいい』と、叱りました。大愚はただ、はいはいと神妙に父の言葉を聴いておりましたが、さてそれが本当に分ったのかどうかは、甚だ以って怪しいものでした。

 翌日になりました。すると大愚は昨日の失敗に懲りもせず、又も白い布の行衛を捜しにと出かけました。ところがこの日は丁度村外れの処で、昨日とはまるで反対に、お芽出度い嫁入りの行列に出会いました。けれど大愚にはそれがお嫁入りの行列だなどという事は分りません。昨日見たのと同じように行列をして、銅鑼や笛太鼓を鳴らして来るので、これは正しく葬式だと思い込んでしまいました。そして、嫁入りの行列が近くに来た時、昨日父から聞かされたことを思い出しました。で、

 『そうだ、早速行って言葉をかけて遣ろう』と、殊勝な考えを起して、つかつかと行列の側へ行き、真面目くさって行列の一人に、いきなり声をかけました。

 『いやどうもお気の毒なことで、御愁傷さま、さぞお力落して御座いましょう』

 いかにも馬鹿らしい大声で悔みを述べながら、頭を下げて挨拶したから堪りません。挨拶された人ばかりではなく、行列の人々はみんな驚き呆れて、これはまた飛んだ狂人が飛び出したものと思いました。中には縁喜でもないと怒る人もあって、気の速い連中は、

 『この阿呆奴、何だ縁喜の悪い、悔みなぞ吐かしやがって。この野郎、葬式だと思って間違えたのか、嫁入りなら嫁入りかと呆れていると、もう他の人達もすっかり大愚を狂人扱にして、手取足取り、たうとう田圃の中に抛り込んでしまいました。

 二度の失策に、憂き目を見た大愚は、泥の中に投げ込まれ、泥染になって、あいよいよいと外聞も構わず大声あげて泣き、痛む体を擦りながら、わが家へ帰って来ました。そして両親の前で今日の出来事をすっかり話しました。これを聞いた両親は余りのことに甚くも叱れず、互いに顔を見合せて、暫く困じはてたような様子をしましたが、やがて、父は苦い顔をして大愚を睨みつけ、

 『ほんとにお前は厄介な奴だなあ。お前の云ったのはそれや葬式の時の文句だ。今日のは葬式じゃない嫁入りじゃないか。嫁入りは芽出度いもの、それに悔みを云う奴がいるかい。先方が怒って狂人扱にするのはあたりまえだ。なあ、そう云う時には、お芽出度う御座います、と云うものだ、判ったかい』と教えました。すると大愚は、

 『お父さん、葬式と嫁入りとは如何異うね』と訊ねるのです。で、父は両方の異ったところを判るように話して、

 『これからも気をつけるんだぜ、それに嫁入り時には、荷物を運んだりして人が忙しそうにして働いて居るから、そんな家はすぐに判るさ』と教えました。

 一度ならず二度ならず、三度までも失策しましたが、馬鹿者だけに性懲りもなく、その翌日になるとまだぞろ出かけました。そしてその日は、何と思ったか一里も距れた町まで出かけました。ところが、町のとある横小路の所へ来ると、俄に人が騒ぎ廻り、向うには黒煙がもうもうとたち上り、大勢の人が慌ていためいて、荷物を担いだ抱えたりして、右往左往に駈け廻っています。大愚はこの状景を見ると、一体何事が起ったのだろうと、往来に立って見ていました。すると、おい避け、この野郎邪魔だと幾度となく呶鳴りつけられ、叱り飛ばされるので、どうも不思議な事だわいとは思いましたが、まさかそれが火事だなどは一向気がつきませんでした。ただ眼につくのは大勢の人がさも忙しそうに、荷物を運んでいることだけでした。大愚は、昨日の父の話を思い出して、「ははあ嫁入りがあるんだな、それでこう大勢の人が忙しそうに運んでいるんだ」と、こう考えたものですから、また大変な事になりました。

 さて、火事騒ぎを嫁入りだと思った大愚は、丁度側に荷物を運んで来て、一寸休んでいる人の処へつかつかと進んで、昨日父から教えられた通り、

 『いやお忙しう、今日はおめでとう御座います』と例の大声で挨拶しました。声をかけられた人間は妙な顔をして、大愚の様子をじろじろ見て、「これや狂人かな」と思ったらしい顔つきをして、別に何とも云えず、またも荷物を運ぼうとしました。ところがその人の無愛想が大愚の気に入りませんでした。そしてまたもや大声で、

 『いや今日はおめでとう』と云いかけると、その時不意に横合から、

 『な、何を吐かす、この頓智奇野郎。何がめでたいんだ』と、恐ろしい権幕で叱りつけた者がありました。大愚は吃驚してひょいとその方を見ると、そこには火事場でよく見かける消防夫のように、火消装束に身を固めた男が立っていました。はて不思議、嫁入りに消防夫はとさすがの大愚もちょっと変に思ったものの、今度はその男に、

 『いや、今日はおめでとう』と挨拶しました。さあその男は承知しません。

 『何だ、箆棒奴、家がまる焼けになって何がめでたいんだ』と云って、持っていた鳶口で打ちかかろうとしました。驚いたのは大愚です。

 『ほいまた失策か』と、縮み上ってわが家をさして、一目散に逃げ帰りました。そして息を切らしてああ恐かったと言ったきり、顔色を変えて慄えていました。

 善木は大愚からこの日の出来事を聞いて、また失策をやったか、どうも困ったと云うような顔をして、

 『それやお前が悪い、幾ら忙しそうに荷物を運んでいたって、煙があがって家が焼けていちゃ、それは嫁入りじゃない、火事だよ。火事にお芽出度うと云う奴が何処にある、全く困った男だな。お前は戸外に出ればいつも失策ばかりするんだから、これからは出じゃいけない、じっとして家にいるんだぞ』と、厳しく吩咐けました。そして言葉を続けて、『お前火事で焼けているのを見たら、桶に水を汲んで、火を消す手伝をするもんだ』と教えました。

 大愚は余程消防夫が恐ろしかったと見えて、それから五六日は外出もせず、家にばかりおりました。けれど幾ら愚物でも度々の失策を思うと口惜しくて溜らず、一度だけでもいいから褒められたいと考えました。そしてもう失くなった布地を探すことなどはとんと忘れて、ただ褒められたい一念から、止せば可いのに、またもやぶらりと家を出かけました。無論何処へ行くと云う目的なぞありません。ただ足の向く方へ、ぶらぶらと歩きながら、

 『今日は何処かに火事がないかな、火事があったら、お父さんに教はった通り、直ぐ桶に水を汲んで手伝って消してやろう。そうすれば、きっと皆が褒めるに相違ない。ああ火事はないかな』と、独言を云って、火事を探して歩き廻りました。全く厄介な男です。そのうちにふとある横町の方からとんてんかんとんかんと金を打つ音が聞えましたので、大愚はその音のする方へ行ってみました。そこでは鍛冶屋が頻りに仕事をしているのでした。鍛冶屋とは知らない大愚は、鍛冶屋の工場に、火が盛に燃え立っているのを見ると、

 『ああ火が燃えているな、さあ火事だ、しめたつ、何処かに桶はないかな』と、きょろきょろ四辺を見廻すと、丁度家の前に桶があって、それに満々と水が入れてあります。それを見ると大愚は、「うむこれや丁度好い、一つこの桶の水で消してやろう」と一人で頷き、早速その桶を提げて鍛冶屋の工場に飛んで行き、不意に物も云わずに、さっとばかり桶の水を、燃えている火の上に打ち撒きました。さあ大変、一時にぱっと灰神楽が起って、あたり一面灰だらけになってしまいました。

 鍛冶屋の主人はこの騒ぎに驚き怒って、頭から被った灰を払わず大声で呶鳴つけました。

 『やいこの野郎、悪戯をするに事を缺いて、よくもこんな真似をしやがったな。さあ己に何の怨恨があるんだ』驚いたのは大愚です。さては火事ではなかったか、これはまた飛んだ失策をしたわいと、やにわに身を飜して逃げ出そうとしました。すると、怒った鍛冶屋の主人は、

 『この野郎よくも仕事の邪魔をしやがったな、さあ承知は出来ねえ、こうして呉れる』と鉄槌を振り上げて打って掛りました。大愚はびっくり仰天して逃げようとした途端、運悪く脛の辺を一打ちぐわんとやられましたので、呀と叫んでばったり倒れました。けれど、ぐずぐずしていればまたやられる、それでは生命が危いとすぐさま起きて上って、痛む足を撫りながら、躄足をひいてやっとわが家に辿り着き、ほっと一息つきました。そして父に今日の出来事をすっかり話しました。

 これを聞いた父はもう叱るにも叱れず、

 『それやお前火事じゃない、鍛冶屋が工場で火を燃していたんだよ。折角仕事をしているのに、そこへ水を撒けばそりゃ怒るに極まっている。火を消して手伝をするのは、家が焼けている時だよ。鍛冶屋に褒められようと思ったら、鉄槌で向う槌でも打ってやるんだ』と云いました。

 これだけ痛い目をしましたが、大愚はなかなか懲りません。今度こそ一つ褒められようと、二三日するとまた家を出て、今度はまっすぐに鍛冶屋の前へ行きました。ところで其処では二人の男が、手をふりながら声高に呶鳴りあっていました。それを見ると大愚は、

 『さあお父さんが云った通り、一つ手伝ってやろう』と云って、側にあった鉄槌を提げていきなり二人の仲に飛び込み、

 『さあ手伝ってやるぞ』と呶鳴りました。これを見た二人の男は吃驚して、一緒に大愚を睨みつけ、

 『やあ、この野郎、何しに来た、鉄槌なぞ提げやがって、乱暴すると承知しないぞ』と一人が叱ると、ほかの一人は、

 『乱暴な奴だな。なに狂人か、狂人ならこうしてやろう』と云って、いきなり拳固をかためて大愚の頭をぽかりと擲りつけました。するとも一人もまた拳固で擲りつけましたから堪りません、大愚は、

 『な、何をするんだ、手伝が悪いか』と云うと、二人は、

 『なにを生意気な、狂人にはこうしても可いんだ』と、なほも寄ってたかって擲りつけるのです。大愚はすっかり面喰ってほうほうの体でわが家へ逃げ帰りました。その頃には大きな瘤が幾個となくでておりました。

 大愚から頭の瘤の出来た話を聞いた父親は、息子の馬鹿がいよいよ情なくなって、

 『おい、もう可い加減にしないか。それやお前も喧嘩をしていたんだ、喧嘩の時には仲に入って、まあ腹も立たうが、何方も勘弁してと宥めなけやいけない。もうお前も懲りただろう、これからは一切外出してはならんぞ』と厳しく云いつけました。さすがの大愚も重ね重ねの失策に懲りたのでしょう、それからというもの神妙に、一足も家の外に踏み出さず、家にばかりおりました。ところが或日のこと、父親から云いつけられた仕事を窓の下の机で、こつこつとやっていますと、何だかふうふうと云うような妙な獣の唸り声が、窓の外から聞えて来ました。

 何んだろうと思って大愚が窓から覗いて見ると、それでは大きな角をした水牛が二頭、角を衝き合せ、ふうふう云いながらしきりに喧嘩をしておりました。これを見た大愚は、

 『やあ喧嘩だ、水牛の喧嘩だ』と思わず大声で叫んで、早速飛び出しました。喧嘩の見物かと思うとそうではありません。「喧嘩だな、先日鍛冶屋の喧嘩に飛び込んで瘤を貰ったから、今日こそお父さんの云った通り、仲裁に入って宥めてやろう」と、獣の喧嘩も人の喧嘩も一緒にして、角を衝き合せて居る二頭の水牛の間に割り込みました。そして、

 『さあさあ喧嘩を止めだ、相互に勘弁してな』と、一生懸命宥めましたが、何しろ対牛は水牛、獣の事ですから、そんな言葉なぞ解ろう筈はありません。飛んだ邪魔ものがはいったものだ。大方自己達を苛めるのだとでも思ったものか、二頭の水牛は喧嘩を止めて、二頭とも大愚目がけ衝つかかって来るから堪りません、大愚が驚いて逃げようとしたところを、怒りぬいた水牛は大きな角を振り立て立て、一頭は大愚の背を突いて倒し、他の一頭は起き上ろうとする所を、股に角をかけて今度は仰向ざまに突き上げ、さんざんな目にあわせました。そして大怪我をして、血塗れになって苦しみ呻いている大愚を尻目にかけて、これで腹癒が出来たと云わぬばかりに、何処ともなく逃げて行ってしまいました。

 馬鹿ほど可哀そうなものはありません。大愚は父の言葉の通り喧嘩の仲裁をしたのですが、それが運悪く人の言葉の解らない水牛だったものですから、飛んだ災難に逢ってしまいました。血染になって路傍に倒れているのを見かけた通行人が驚いて介抱し、やっと家へ連れて帰りました。けれど何しろ大怪我をしているので、すっかり弱って死んだようになっていました。母親はそれを一目見ると、もう死んだものと思い込み、吃驚して、その側に飛んで行き、大愚に取り縋って正体なく泣き崩れると云う始末。善木の家では飛んだ大騒動が起ってしまいました。父親の善木もこの時ばかりは愚痴をこぼして、

 『ああ何と云うことだろう。私はこの歳になるまで一度だって悪い事などした事はないのに、何と云うめぐり合せだろう。大愚のような大馬鹿者の枠が出来て、たうとうこんな始末だ。何という情けない事だろう』と、溜息をつきました。

 するとこの時不思議にも、神様の使だと云う白髪の老人が姿を現し、

 『これ善木、嘆くなよなよ。神は其方の善心善行を嘉せられて、これなる膏薬と丸薬をお授け下さる、難有く御受け致せ』と云って、まず膏薬を善木に渡しました。そして言葉を次いで、『この膏薬を忰の傷につければ、傷は立ち所に癒り、苦痛は除かれ、健強の体に復する』と云いながら今度は丸薬を渡して、『この丸薬を忰に服せしむれば、愚なる息子忽ち智者となる』と云って、最後に一層力を込めて、『神の仰せじゃ、ゆめゆめ疑う勿れ』と云ったと思うと、老人の姿は煙のように消えてしまいました。

 善人の善木は、遺された膏薬と丸薬を手にし、嬉しさの余り、これを捧げて天を拝し、神の恵みに感泣して、早速膏薬を大愚の傷に塗りました。と、これは不思議、薬の功験立刻に現れ、忽ち傷が癒って健強な体になりました。これを見た善木夫婦は言うまでもないこと、居合わした人達も、その霊薬の功験に今更のように驚きました。これに力を得た善木は、今度は丸薬を大愚に服用させました。すると、不思議や大愚は驚くばかりの智者となりましたから、善木夫婦は夢かとばかりうち喜び、真心捧げて神様にお礼を申しました。一度は苦しみと悲しみのどん底に沈んだ善木一家も、今や花咲く春に廻り会ったよう、喜びが家内に満ち溢れました。その後大愚は大奮発して学問を励み、終いには大層出世して、家は次第に富み栄えたということです。正直の頭に神宿る。今でも台湾人は『神祐正直之人』と云って大愚の話を伝えております。

2007年12月15日土曜日

劉大人と焼卵の話

 まだ台南が台湾の首都だった昔のことです。台南に状元と云う今で云えば博士に相当する学位を持った劉如水と云う人がありました。何しろ状元と云う学位は、難しい官府の試験に合格した者でなければ授けられないので、状元の学位を有つ人々は、いずれ劣らぬ学者ばかりで、みんな立派な人達でした。劉如水もその中の一人で、人々からは劉大人と尊敬され、ある官衙の長官になっていました。

 ある日の夕方のことでした。この劉大人は一日の勤務を終わって役所を出かけた時ふと、はや長い間ご無沙汰をしている兄の家を久しぶりに訪ねようと、思い付きました。そして自分の家へは使いを出してこのことを知らしておいて、一人でぶらりと役所の門を出て、兄の家をさして歩きはじめました。劉大人は歩きながら、こうした町の様子を見るともなしに眺めて、久し振りで逢う兄のことや嫂のことを心に描き、逢うて語る時の楽しさなどを考えて、にこにこしながら一歩一歩兄の家に近付きました。兄の家はこの賑やかな町の端れでした。町を通りぬけると、そこに門があって、その側には繁った榕樹が、夕闇の中にほの黒く見えていました。劉大人はその門の内へつかつかとはいり、玄関に立って、

 『頼まう、御免』と案内を乞いました。すると、奥の方で女の応える声はしたと思うまもなく、そこには顔馴染の女中が顔を出しました。

 『おや、お分家の旦那様で。いらっしゃいまし』と、にこにこ愛嬌を見せながら丁寧に会釈すると、そのまま奥へはいってしまいました。

 劉大人は妙なことをするなと思いながら玄関に立っていると、やがてそこへ姿をあらわしたのは優しい嫂でした。

 『まあしばらくでしたね、ようこそ。さあどうぞ……』かう云いながら、自分が先にたって、劉大人を応接室へ案内しました。そいて室の入口で軽く会釈したと思うと、これもまた奥へ行ってしまいました。劉大人は仕方なしに、そこにあった一つの椅子に腰を下ろしました。やがて一人の召使いがやって来て、美しい飾燈に燈をともしました。幾ら待っても二人とも出て来ません。そのかわり、女中が入れ替わりに煙草やお茶やお菓子などを運んで来ては、卓の上に置いて、待遇してくれました。けれど兄も嫂も一向出て来る様子がありません。劉大人は所在ないままに、茶を喫んでは、煙草を吸っていました。そして紫色の煙が室の彼方にゆらゆらと流れて、末は薄く消えてゆくのを、ぼんやりと見送っていました。

 大分長いこと待たされた劉大人は、余り兄や嫂が出て来ないのがそろそろ不思議になってきました。「いや、ひょっとすると兄さんは不在なのかも知れないな。それに嫂さんは女のことだから、夕飯の仕度でもしているんだろう。これは飛んだ邪魔をしたな」劉大人はふと思いつきました。そしてうっかり訪ねて来たことを今更のように後悔しました。すると丁度その時室の外に足音がして、誰か来るらしい気色がしたので、座作を改め椅子に腰を下ろして待っていると、室の扉が静かに開いて、美しい着物に着換えお化粧までした嫂が、淑やかにはいって来ました。

 『まあ長いことお一人でお置き申してほんとにすみませんでした、失礼しましたね』嫂はこう云って、会釈しながら、劉大人と卓を挟んで椅子に腰を下ろしました。劉大人は長いこと待たされましたが、嫂からかうでられては怒るわけにもゆきません。

 『いや、私こそ飛んだ失礼をしましたね、丁度お忙しい時分お邪魔をしてしまって』と挨拶して『時に嫂さん、兄さんは?』と、訊ねました。心の優しい嫂は、折角訪ねてくれたのに不在なので、何となく気の毒でならないと云った様子で、

 『まあ、ほんとにお生憎でしたね。今日は不意に急な用が出来まして、午後から出かけたのでございますよ』と、いかにも済まないと云ったように、俯いて詫びるのでした。

 折角久し振りに訪ねて来たのに、兄が不在と聞いた劉大人は、聊か失望しましたが流石に嫂の手前、残念と云った風を見せるわけにもまいりません。

 『ああそうですか、それや残念ですな、でも、御用があれば仕方ありません。それに私も出抜けにやって来たのですからね』と云って、すぐに帰ろうとしましたが、この儘帰っては嫂の気を悪くするだろうと思って、そのまま腰を落ちつけて、暫く嫂と四方山の話を続けていました。やがて、帰ろうと座を立って、

 『じゃ、また来ましょう』と云いました。すると嫂は慌ててそれを引き止めて、

 『まあいいじゃございませんか、主人がおりませんでも』と云いました。この儘帰しては気が済まぬと云いような口ぶりでした。劉大人はそれを軽く受けて、

 『いや何です、兄さんの留守に長くお邪魔しても悪いし、それにもう夕餉時分ですからね』と腰をあげかけました。

 『まあ何をおっしゃるの、そんなご遠慮には及びませんわ。主人は留守でも私がお相手いたしますわ。それに丁度ご飯時でもございますから、何にもありませんが久し振りに召し上がって下さいな。もう仕度も出来ましたし、召上ってるうちには主人も帰るでしょうから』嫂はこう言ってしきりに止めました。「さては先刻長く待たしたのは夕餉の支度をしていたのだな」劉大人はかう気がつくと、それでも無下に帰るとも云えず、折角の志を受けずに帰るのはかえって失礼と思って、

 『いや、それじゃ何でしたね、かえってご迷惑に来たようで恐縮します。折角ですから、それじゃ遠慮なく、御馳走になることにしましょう』と帰るのを思いとどまり、嫂の好意を感謝しました。

 何事にもよく気がつく如才ない嫂は、劉大人の久し振りの来訪に、折柄の夕餉時なので、すぐさま夕餉を支度しましたから、劉大人も快く御馳走になることにして腰を落ちつけました。女中がすぐにお膳を運びました。幾つかのお皿に盛られた種々のご馳走が、女中の手で運ばれて、卓の上に美しく並べられました。それに香の高い、甘いお酒も出ました。劉大人は、これを見て、

 『やあ、これは飛んだ御迷惑で……』と云って、にこにこしながら、眼の前の卓の上に並べられる皿の数々を見廻して、いろいろお礼を言いました。嫂は御馳走が並んでしまうのを待って、

 『さあ何もありませんが一つ』と勧め、壜を手にして、『まあお一つ、私がお酌しましょう』と、盃を取らせ、なみなみとお酒を注いで、『どうぞごゆっくりご遠慮なさらずに』と云ってにっこり笑いました。劉大人はいよいよ恐縮して、盃を手にしながら、

 『嫂さんのお酌で、恐れ入ります。では遠慮なく頂戴します』と嫂に挨拶して、さも気持ちよく一口飲みました。嫂も満足して、

 『さあどうぞ、折角久し振りに入しったのに、主人が不在でほんとに残念でしたね』とこんなことを云いながら、兄に代って心からもてますのでした。

 優しい嫂の心づくしを大層有難く思った劉大人は、勧められるままに、思わず盃の数を重ねてうっとりといい機嫌になりました。並べられた皿に遠慮なく箸をつけて、下鼓を打っていました。が、その時不意にどうしたのか、

 『あつ!』と云った顔を顰めました、嫂に気づかぬようにと注意はしましたが、何事につけても敏く賢い嫂が、何でそれを見逃しましょう、この挙動を目早く見つけて、すぐ卓の上の皿をそれとなく見廻しました。ところが、いくつか並べられた皿の中に、焼卵が三つあるのが目につました。これを見た嫂も同じように、

 『あつ!』と云って苦い顔をして、急いでその皿を取り上げました。

 『まあ、どうしたと云うのでしょう、これは飛んだそそうをしてしまいましたね、ご免なさいよ』と、粗忽をしきりに詫びました。そして、このしくじりを恥じて、穴があったら入りたいとでもいったような風情でした。

 劉大人は嫂のこの様子にかえって恐縮して、

 『いや、何でもありやしませんよ、言わば私と貴女の間は、内輪も同然ですもの』と、そのまま水に流そうとしました。けれども嫂はなかなか承知しません。

 『でも貴方、こんな粗忽をしては申訳がありませんわ』と、詫びるばかりか、内輪の客とは云いながら、大切な良人の弟、その人にこんな失礼をしては、折角の心尽くしも水の泡、この儘には済まされぬと、わざとしたことかそれとも失ちか、誰の仕業か、それを確めねばならないと下女をみんな呼び寄せ、客の目の前で調べることとして、下女にみんな来いと云いつけました。

 一体台湾人の間には、昔から、妙な習慣があって、三とか五とか七とか云う奇数を大層忌み嫌うのです。殊に客を饗す時用うものは、お菓子でも、お料理の皿数でも、お皿の中の品数でもみんな奇数を嫌って、二とか四とか六とか云う偶数を用うことになっているのです。さてこそ劉大人の前に並べられた皿の中の焼卵が三つあったので、お客の劉大人はそっと苦い顔をするし、嫂は気を悩んで、しきりにお詫びを言った揚句、下女を一々調べるということになったのです。はじめ嫂が台所で盛らした時には、確かに四つあったのです。それが今見れば、どうしても三つしかありません。これは自分に何か怨恨のある者がわざとしたのか、それとも悪戯か、お客の前で赤恥を晒させようと企んだのか、または過ちに一つ失くしたか、何にしても飛んだ真似をしたもの。お客が良人の弟だから穏便にも済まされるとは云え、一家の主婦としてこんな大失態を、この儘に済ますわけにはゆかない、と嫂はこう思ったのです。こうなってくると劉大人には、また一つ厄介が多くなったわけです。けれども嫂は一生懸命ですから流石に一寸手を出し兼ねて、仕方なく、嫂のするままに任せて、傍でじっと見ていました。

 急に嫂から呼び出された下女共は、何事が起ったのかと、怪訝な思いをしながら打揃って応接間へ来ました。嫂は下女共を見て頗る不機嫌の体で、

 『さあ、こっちへお入り、みんな入るんです』と厳しく言いました。そしてみなを中に入れて、お客様、劉大人の前に列ばせました。唯ならぬ嫂の気色を見てとった下女共は、どんなお叱言が出るのかと案じておりますと、嫂はいかにも主人らしい態度で、

 『さあこれから、お前方に一つ訊かなければならぬことがあります。分家の旦那様の前で、一々正直に答えるんですよ。決して隠したり、虚偽を云ったりしてはなりません。もし隠したり、虚偽を云ったりしたことが分ったら承知しませんよ』と、一同に向って、厳かに云い渡しました。そして静かに卓の上の一皿、焼卵の三つ盛ってある皿を持ち出しました。

 『さあ、皆、これを御覧、三つしか盛ってないよ。私は確かに四つと云って置いた筈だのに、一体誰が三つにしたんです』嫂はこう云って、手近のものから一人ずつ調べはじめました。けれども、い並ぶ下女共は、互に顔を見合わせるばかりで、誰に訊ねてみてもみんな云い合わせたように、知りません、存じませんの一点張り。さあこうなると調べがなかなか難しく、容易に犯人があがりません。嫂は一層恐ろしい顔をして、声を励まし、

 『誰です、さあ正直に云わないか』と叱りつけましたが、やっぱり同じこと、みんな知りません、存じませんで、一向に調べはつきません。流石の嫂もこれには困ってしまい、いよいよ気を焦たすばかりでした。

 すると、傍で見ていた劉大人、もう黙ってもおられず、少し椅子から乗り出して、

 『嫂さん、私が一つ調べてみましょう』と云い出しました。嫂はもう困りぬいている最中、兎に角劉大人が調べれば、こんなことには馴れてもいるだろうし、女の自分などよりはいいに相違ないと思ったので、

 『まあ、貴方が調べて下さるって……』と云って、劉大人の顔を見ながら、『それがいいわ、貴方はお役人とは云え、劉大人は行懸上詮議してみようと云い出したまでで、実はどうして調べたものかと云うことさえ考えていなかったのです。さりとは余計なことを云いだしたわいと思ったものの、もうこうなっては仕方がありません、暫くはじっと考え込んだまま、思案にくれておりましたが、流石は劉大人、すぐ考えがついたものと見えて、うむそうだと一人頷きました。けれど、これもやっぱりうまくないと思ったのか、再び深い考に沈みました。すると嫂はこれを見て、

 『まあどうなすったの、何をそんなに考えてばかりいらっしゃるの。いやですわ、ねえ、貴方。貴方は立派なお役人でしょう、このくらいのこと、何でもないと思いますわ。第一このくらいの裁が出来ないで、よくお勤務が出来ますね、失礼だけど』と、意地悪く一本ちくりと針を刺しました。嫂も優しい女ながら、気が勝っているのと、婢女共の手前、殊更にこう云ったのでした。

 劉大人は暫く考えていた末、今度こそは妙案が浮かんだと見え、はたと膝を打って、

 『嫂さん、じゃ兎に角詮議してみましょう』と男らしく云って、それから婢女共に、一人一人水を入れた茶碗と空の茶碗を持って来るように言い渡しました。嫂はこれを聞いて妙なことをすると、半ば驚き半ば可笑しく、何をするかと見ておりました。その時劉大人は云いつけられた通り、二つの茶碗を持って立ち並んだ婢女共に向って、厳しい声でこう云いました。

 『今度は、私が詮議をする、だから何事も私の云う通り、従うのだ。もし従わない者があったら、それを犯人とする』

 そこで婢女共にまず茶碗の水で含嗽をさせ、その口の中の水を、空の茶碗に吐き出させました。妙な事をして詮議をするなと婢女共は内々こう思いながらも、従わないと大変ですから、云いつけられた通り、劉大人の眼の前で、まず茶碗の水で含嗽をして、その口の水を空の茶碗に吐き出しました。不思議に思ったのは婢女共ばかりではありません、嫂も変なことをして詮議をするものだと、聊か呆れた様子で、不思議そうに、この場の光景を見ておりました。

 劉大人は婢女共の吐き出した茶碗の水を、一々念入りに検べておりましたが、その中でもある一つを殊更に念を入れて検べました、そして何か見つけだしたものと見えて、我とわが胸に頷きながら、その茶碗を差出した一人の婢女の顔を見ました。するとその婢女は、はつと驚き慌てた様子で、不意に泣き崩れてしまいました。これを見た嫂はじめ他の婢女共は、この不意の出来事に驚き呆れて、思わず顔を見合わせて、いかにも怪訝そうに、その婢女の方へ視線を集めました。劉大人は茶碗の水と云い、婢女のようすと云い、正しくこの婢女の所業に相違ないと思いましたので、泣き入る婢女に向って、

 『おい、お前だろう、正直に云うがいい』と、いいました。そして今度は、思いかけぬこの場の有様に驚いている嫂に『嫂さん判りましたよ、そこでご覧なさい。今含嗽をさせて吐かしたこの水の中に、これこの通り、焼卵の滓の粒が浮いているでしょう。悪戯か故意とか、兎に角あの婢女が喰べたのでしょう、それで判ったのです。だが嫂さん、これは私がお願いするんですが、この女は何も悪気でしたのではありますまい、穏便に済まして下さい。つまり、それと判ったなら、後来を戒めて別に罰しないことにしたいのです』と、自分で裁いただけに、何とか穏便に取り計らうことにしたいと云いだしました。で、嫂もそれを承知して、

 『お前かい、正直に云うが可いよ』と、劉大人の手前優しく訊ねました。婢女は劉大人の情け深い言葉を大そう有難がり、正直に自状しました。

 その申し条はこうでした。最初碗の中には焼卵が四つ、それは嫂のいい付けた通りあったのですが、その時この婢女が不図それを見ると、いかにも美味しそうなので、ちょっと喰べてみたくなりました。幸い付近にいたほかの婢女共は忙しいので、こっちへ気をつけている者もありません。そこで婢女はそっと一つだけ無断で頂戴して喰べてしまったのです。自分では首尾よく喰べてしまったので、これで可いと思っていたところ、歯の間にその余分が滓のような小さな形で残っていたものですから、含嗽して吐き出した水の中に交っていたために、たうとう暴れてしまった始末、こうなっては今更隠しもなりません。

 『奥さまどうも相済みません、つい妾が意地汚い、焼卵がいかにも甘そうだったものでございますから、ついちょっと……』と云って、消え入りたいほど恥しく、後の言葉を濁してお詫びを言いました。

 『ほんの出来心で、飛んだことをいたしました、どうぞ御勘弁を下さいまし』

 ほんの出来心でやったことだし、劉大人からの相談もあって、穏便に取扱うことを承知しているので、嫂も強くも叱られず、

 『まあ、そうかい、困るじゃないの。今度のことは、分家の旦那様も仰有る通り、云わば内輪のことだしするから、勘弁もしましょうが、これからこんな真似をしてはなりませんよ。さあ分家の旦那様に、よくお詫びするんですよ』と嫂自身も婢女に代って劉大人に侘びをしました。そして、

 『まあ本当に、うまく思いつきでしたね、含嗽をさせて吐かした水で調べるなんて、私、つくづく感心いたしましたわ』と、劉大人の頓智のいいのをいろいろ褒めちぎりました。

 ふと浮んだ考案が、うまく的中して、まんまと調べが出来たので、劉大人もさすがに気持がよく、微笑みながら、嫂のお詫びを快く受けて、今日の出来事は気にかけず、そのままさらりと水に流してしまいました。こうして婢女の罪も許したので、一旦面倒になりかけた焼卵の問題も、何の苦もなく解決出来て、再び賑かな、睦まじい饗応の場面となりました。そして劉大人は、兄こそ帰って来ないので面会出来ませんでしたが、それでも、嫂の心尽の歓待にすっかり満足して帰って行きました。

 こうして事件があった後、何分内輪のこととてその場限りにしてあったのですが、さて人の口には戸が立てられぬと云うたとえの通り、誰の口から洩らされたものか、何時とはなしにこの劉大人の裁きが噺に上り、今は誰も劉大人の頓智に感心して褒めぬ者がないくらい、評判が高くなりました。流石は劉大人だと、それからは益々みんなからの評判がよく、人々から尊敬されることになりました。劉大人の焼卵の裁判のお話は、これで終りといたします。

2007年11月15日木曜日

虎を欺いた猫の話

昔々ある山の中に、虎と猫とが棲んでいました。虎と猫とは形や姿がよく似ているので、 『お前と私は、こうお互いに形や姿が似ているから親類なんだよ』と云っては、平常からどっちからも往来して仲良くしていました。ある日のこと、虎が猫の家へ訪ねて来て、にこにこしながら言いました。

 『おい猫さん、どうしたと云うんだろう、この頃は山を歩いても、村へ出かけてみても、さっぱりいい獲物にありつかないんだよ。すっかり困ってしまったよ。どうだね、お前さん何処か好い獲物のありそうな所を知っているなら、親類じゃないか、一つ教えてくれないか』余程困っていると見えて、いつもの元気は何処へやら消え失せて、虎は弱音を吐きました。ところがその頃猫も同様好い獲物がなくて困っているところなので、

 『そうだね、実は私も困っているところなのさ、教えるところか、こっちで教えて貰いたいくらいだよ』と、さも困ったというような顔をしました。

 虎はそう聞くと一寸気を廻して、猫の奴わざと隠しているんじゃないかと思いました。

 『そうかね、そいつあ困ったな、お互いにこんなじゃ次第に疲せるばかりだ』と云って猫の様子をじろじろ見ながら、

 『時に猫さん、お前さんはよく麓の村に行くじゃないか』とかまをかけました。猫はそんなこととは知らず、

 『うむ先頃二三度行ってみたが、どの村も同じで、獲物なんかちっともありやしないよ』と、気のない返事をしました。これを聞くと、虎は小々機嫌を損じたらしい、

 『そうか、それや困るな、だが町はどうだい、私は滅多に町へ行かないか。お前さんは時々行くだろう。

 町なら一つや二つはありそうなもんじゃないか』と、今度は町の様子を訊きました。猫は町と聞いて、なお更ら厭な顔をして、

 『町かね、町はなお駄目だよ』と一向浮かばない返事をしました。そこで虎は余計気を悪くし、

 『なに町は駄目だって、はは冗談云つちやいけないよ。町に行きや家鴨や鶏がいるだろう』と突っ込んで訊ねました。猫は虎が機嫌を損じたと知って、

 『それや村だって町だって人間がいるんだから、家鴨も鶏もいるさ。だけど家鴨や鶏は町より村の方が沢山飼ってるんだから、もし欲しきや村へ行くさ。けども、あんなちっぽけなものでいいのかい、小さいのは面倒じゃないか』と云いました。虎はいよいよ機嫌を悪くして、

 『じゃあ大きな奴がいるかい』と問い返しました。猫は笑いながら、

 『豚ならいるさ、それじゃそうだね』と云いました。そして体が大きいから豚だって我慢すると云う虎の弱音を気の毒に思いました。けれども虎はすっかりへこたれている時なので、

 『うむ、豚も結構だ。けれど一層のこと人間にしようかな』と、とうとう恐ろしいことを言いだしました。

 弱音を吐いた虎が、人間にしようかなどと云うのを聞いた猫は吃驚して、これは飛んだことになってしまったぞと思いました。

 『なに人間にするって、恐ろしいことをいうじゃないか、私はもうお前さんと一緒にいるのは御免だ』

 今度は虎が猫の弱音を笑いました。

 『ははあ、弱い音を吐くじゃないか、そんなに人間が恐ろしいかね』と云って『いいじゃないか、一緒に行こう』と誘いました。けれども猫は尻込みして、

 『厭だよ、お前さんは強いからいいけれど、私はこんなに弱いんだもの、一緒に行きや、私の方が剣呑だからね』と、どうしても一緒に行こうと云いません。

 『ははあ、何を云うんだい、いいから行こうよ、構わないじゃないか。仕事は私がするから、お前さんは案内だけしてくれなよ』

 こう言われてとうとう猫も仕方なしに、虎と一緒に村をさして出かけることにしました。

 さて虎と猫とは早速打ち連れ立って、麓の村へ出かけ、ここかしこと村中捜し廻りましたが、生憎といい獲物が見つかりません。二匹は仕方なしに、残念ながら不運とあきらめて、山へ帰りかけました。するとある百姓家の裏で一頭の大きな豚が、竹薮の蔭をのそのそ歩いているのを見つけました。猫はすぐさま虎を呼び止めて、

 『おい、豚がいるよ、豚でもいいかね』と云いました。虎は獲物がないのに気を腐らしているところなので、

 『うむ、豚でも結構』と云いながら猫の側へ来て、『おい、どこにいるんだい』と訊ねました。猫は竹薮の蔭を指して、

 『そら、あそこにいるだろう』と云うので、虎がその指された方を見ると、なるほど大きな豚がおります。

 『うむ、いた、いた、しかも大きな奴だ。これや有難い、よし、私が一つやつつけてやろう』と、乗気になって豚を襲いかかりました。

 豚は恐ろしい虎が今にも飛びかかろうと、身を潜ませて近づいたのも知らず、うろうろ飼をあさって歩きながら、いつの間にか虎の側まで来てしまいました。虎はこの時とばかり見構して、

 『うおう』と一声高く唸りました。豚はこの唸声を聞くと、さては恐ろしい虎の声と吃驚仰天、見るともう眼の前に物凄い虎が、自分を狙って今にも飛びかからうとしているのです。慄へ上って、一生懸命逃げようとしましたが、もう足が竦んでしまって逃げることもできません。悲しそうに、

『ういうい』となきながらぶるぶる慄へているばかりです。虎はすぐさまそれに飛びかかって、見る間に大きな豚を咬み殺してしまいました。そしてうまくいつたわいと勢込んで四辺を見廻し、

 『おい猫さん、どこにいるんだ、早く来ないか、うまくいったよ』と、猫を呼びました。竹薮の隅に隠れて様子を見ていた猫は、虎からこう呼ばれるので、のこのこと出て来ました。そしてさも感心したように、

 『いやどうも豪勢なものだね、私は今まで竹薮の所で、お前さんの働きを見ていたが、余りの恐ろしさに慄へ上ってしまったよ』と褒めました。虎はちょっと得意になってにこにこしながら、

 『そうか、だが慄へるとはあまり弱いじゃないか。そんな弱いことを云つちや、私の恥になるよ、お前さんと私は親類じゃないか』と云ってからからと笑いました。そして『まあ、そんな事はどうでもいい、兎に角久方振で獲物にありついたんだ、早速喰おうじゃないか、遠慮しないがいい』と、虎はすぐさま獲物の豚を喰べ始めました。そこで猫も、

 『いやこれは御馳走さま、遠慮なしに頂くとしよう、お互いに親類だからね』と、お世辞を云いました。虎と猫とは甘そうに豚を喰べて、切りに舌鼓を打っていました。

 幾ら大きな豚でもたった一匹では虎だけで喰べても充分ではありません。その上猫まで喰べたのですから、すぐに喰い尽してしまいました。けれども猫はまだ地面に流れている血をさも甘そうに舐め廻っておりました。これを見ると虎が不思議そうな顔をして、

 『そうか、そんなに甘いかい、私も一つ舐めてみたいな。だがうどして舐めるのか舐め方が分らない。おいちよつと教えてくれないか』と云いました。

 狡猾な猫は虎が唸って敵に勝つことを知ったので、唸り方を覚えて一つ敵を負かしてやろうと考えていたところへ、うまくとり換えってこするものが出来たので、虎が教えろと云ったのを幸に、

 『うん教えてやろうが、私にも一つ註文があるな』と云って、唸り方を教えてくれと頼みました。虎はこれを聞くと、

 『ははあ、何の註文かと思ったら、何だ唸り方かい。うむ、それや教えもしよう、だが、それより舐め方を先に頼もう。さうしないとお前さん欺ますかも知れないからな』

 猫はわざとらしく笑って、

 『それや此方で云うことさ、お前さんは強い獣だもの、舐め方を教えてしまった後で約束を破られたって、私にやどうすることも出来ないじゃないか。だから、私が先に教わるとしようよ』と、うまく虎を欺ましてしまいました。

 虎は欺まされるとも知らず唸り方を教えてやりました。

 猫はそれを一度にすぐ覚えてしまって、まずこれでよしと一人で心にうなずき、

 『いや大きに有難う。よく分ったよ、もう大丈夫、いつでも唸れる』と礼を云って、虎が今度は自分の番だと待っているのも構わず、

 『ではぼつぼつ帰るとしようか』と云って挨拶をしてずんずん帰りかけました。そこで、

 虎はそれじゃ約束が違うと驚いて、

 『おいおい、今度は私の番だよ。舐め方を教えてくれないか』と云いました。すると猫は今更気づいたという様子で、

 『ああそうそう』と云いながら、ちょっと空の方を眺めて、『だが、今日はもう遅いから駄目だよ。もうすぐ夜になるから明日にしようよ。夜我家へ帰ってると途中が物騒だからね』と、まことしやかに云って、夜になるのをさも怖がっているような風をしました。虎は欺まされるなどとは知りません、猫からこう云われて、四辺の光景を見ると、なるほどもういつの間にか夕方なので、それでは明日にしようと思って、

 『じゃ今日は仕方がない、明日にしよう、明日はきっと教えてくれるんだぜ。いいか、頼んだよ、確かに約束したよ』と、その日は豚肉の御馳走にありつけたのを喜んで、猫と連れだって山へ帰って行きました。

 さて翌日になると、虎は早速猫の家へ訪ねて行きました。

 『おい猫さん、約束だよ。さあ今日は教えて貰おう』

 けれども猫は、もともと欺まして唸り方を教わらうと考えていたのですから、約束はしたものの、なかなかおいそれと教えようとはしません。

 『ああ困ったな、実は虎さん。昨日お前さんの御馳走で豚を喰い過ぎたと見えて、今日はどうも腹の工合が悪いんだよ。折角だが明日に延ばしてくれないか、明日はきっと教えるから』と、さもまことしやかに口から出任せの口実をつけて、気の毒そうに謝絶を云いました。虎はそれでも教えろとも云わないので、

 『そうか、それやいけないな。腹の工合が悪くつちや仕方がない、じゃまた明日来るとしよう』と、渋々立ち上りかけました。

 『うむ、ほんとに足を運ばせて気の毒したね』猫はかう云いながら、虎を見送りました。その後では、長い舌をぺろりと出して、うまく欺ましてやつたわいと、さも気味よさそうに、にやりと笑いました。

 かくとも覚らぬ虎は、その翌日になると、またしても猫の家へやって来ました。

 『さあ、今日こそ是が非でも教えて貰うぜ』と、立腹の体で居催促しました。かう幾度も催促に来られてはいささか蒼蝿いな、と猫はかう思ったものの、相手は何しろ恐ろしい猛獣のこと、迂闊に口をきけばそれこそ生命が危ないので、何とかうまく遁げる工夫はあるまいかと、いろいろ考えてみましたが、頓と思い当りません。その上虎はますますやかましく言って催促するので、今はもう絶体絶命、

 『ああ、面倒臭い、何だ唸り方一つ教えたと云って、そうやかましく催促するにや当らないじゃないか。なに約束だと、ははあ、約束は約束さ、だが私の方にも都合があるからね、今日は何と言っても駄目だよ』と、素気なく断ってしまいました。さあ、虎は怒るまいことか、

 『この畜生、よくも約束を破ったな、覚えていろ。もう用捨はない、咬み殺してくれるぞ』と物凄い勢で猫を目がけて飛びかかりました。その時猫はひらりと身をかわし、側にあった樹の上へ、するすると攀ってしまいました。そして、

 『ああ驚いた、危ない危ない』と云いながら枝の上へ腰をおろして、

 『乱暴するしゃないよ。危くって堪らない』と、樹の根元に身構えて、猫を睨んで怒りぬいている虎に向って、

 『おい虎さん、怒ったね、口惜しいかい。口惜しきやここまで来るさ、どうだい来られるかな』と、横着にも虎を嘲笑いました。これを聞いた虎は己れ憎い猫奴と、今にも飛びかかろうとしました。けれども虎には樹攀りは出来ません、口惜しいが仕方がないので、地団駄踏んで怒ってみるばかりです。

 『おのれ猫奴、よくもこのおれを誑したな。よし、もう、この上は貴様が下りて来るまで、いつまででもここで待っているぞ』と呶鳴りつけました。すると、枝の上の猫は、

 『あはは』と笑って、『いや御苦労、いつまででも其処にいるさ、私はこれからちょっと餌を捜しに出かけるとしよう』と云って、ぴょいとほかの樹の枝に飛び移りました。これを見た虎はいよいよ怒ってその後を追いかけました。

 『おのれ何処へ行く、逃がすものか』

 『何処へ行かうと大きなお世話だ、まあお前さんはそこで番をしているさ』猫は笑いながら云って、樹から樹を伝って、ずんずん逃げて行きました。虎は口惜しくて堪らないので、負けずに後を追いかけましたが、たうとう姿を見失ってしまいました。虎はたいそう残念がって、

 『よし、もうこの山は、山じゅう歩き廻って、見つけ次第に咬み殺してやる』とその日からというもの、毎日毎日歩き廻って、猫を捜しておりました。これを聞いた猫は、こいつ山にいては生命が危ないと、虎に知られないように、こっそり麓の村へ逃げ込んでしまいました。

 さて、村に逃げ込んだ猫は、ある人家へやって来て、神妙な猫撫声で、さも本当らしく、自分の悪いことはすっかり隠して、虚言八百を並べたて、親戚の虎に苛められ咬み殺される所を逃げて来ましたからと、悲しそうに救助を求めました。ところが、その家の主人というのが大層慈悲深い人だったので、猫の云うことをすっかりまに受けてしまいました。その上ふだんから虎をひどく憎んでいましたので、早速その猫を自分の家で飼うことにしました。そして大切にして可愛がってくれるので、猫もこれですっかり安心しました。ところがある日のこと、主人は猫を呼んでこんなことを言いだしました。

 『おいおい、私はお前の身の上話を聞いて、そいつは気の毒だと思ったから、今日までこうして飼って置いたんだが、お前のようにそう毎日毎日遊んでいるんじゃ、もうこの上飼っておくわけにいかないよ。だから何処かぶらぶらしていても飼ってくれるような家へ行ってくれ。私は怠けるのが大嫌いなんだから』

 だしぬけにかう追い立てを喰った猫は、面喰ってしまいました。そして今まで怠けてばかりいたのを今更のように後悔して、

 『ではこれからはきっと働きますから、どうぞ飼って置いて下さい』と頼みました。そして種々と考えた末、この家には前から鼠が沢山いて恐ろしく乱暴するので、主人はじめ家の人がみんな閉口しているのを思い出して、一つ鼠退治をしてやろうと考えつきました。で、早速そのことを主人に申出ました。これを聞いた主人は大層喜びました。そこで、猫もたうとう改心して、それからというもの一生懸命鼠退治のためにつくし、鼠を一匹残らず追っ払ってしまいました。主人も家の人も大喜び、それからはお前にもまして可愛がってくれますので、猫もすっかり心を入れかえて、主人大事とよく働き、虚言も云わず、良い獣になりました。けれど虎はまだなかなか悪いことをしますし、いつまでも猫を敵とつけ狙っているので、滅多に外へも出られませんでした。そして糞をしにたまたま外へ出た時でも、虎に所在を知られぬために、きっと後脚でその糞に土をかけて埋めることにして、決してそれを忘れませんでした。今でも猫が外で糞をした後で、後脚で糞に土をかけるのは、この先祖の習慣が、子孫に伝わったのだそうです。

2007年10月15日月曜日

十二支の由来と鼠

 ある村に張永福と林清福と云う、二人の仲の好い若者がありました。二人とも感心な男で、自分達の稼業に精出して働くのは勿論、他人にもいろいろと親切を尽してやるので、村の衆は誰一人として褒めない者はありませんでした。そして悪いことをしたり、怠けたりする者を叱る時にはいつでも、お前達もあの張さんや林さんを見習いがいいと、よく引合うに出されるのでした。

 その上この二人の仲は、まったく他人も羨むほどの睦まじさで、お互いに助け合い、嬉しい時は共に喜び、悲しい時に共に嘆くと云った具合で、喜怒哀楽を共にしていましたので、友達とは言いながら、まるで兄弟のように親しく、暇さへあれば、毎日毎日両方から訪ねて来たり、訪ねて行ったりしていました。

 丁度雨の降るある日のことでした。張さんは雨の中を濡れるのも嫌わず、林さんを訪ねて行きました。そして二人は例の通り楽しく四方山の話を続けていましたが、林さんは何を思い出したものか、

 『おい張さん、一体君は何の年だね』と訊ねました。張さんは一寸面喰らって、

 『何? 私の年か』と云って、突然に妙なことを訊くなと、怪訝な顔つきをしたので、林さんはそれがまた可笑しく、

 『ははア、何をそんなに面喰らいのさ、ただ君は何の年に生まれたと訊いただけだよ。それ子だとか、丑だとか云いあれさ』と云うと、張さんも漸く訊かれた意味を合点して、

 『ああそれか、私の年かね、辰、辰の年さ』と答えて、『林さん君は?』と、直ぐ訊ね返しました。林さんは訪ねられて、にっこりしながら、

 『ああ私かい、私の年はね、午さ、午の年だから、辰巳午と云って、張さん、君より私は二つ下で、弟になるんだね』と云って、二人は大笑をしました。それからまた林さんは、

 『君のお父さんは』と訊ねました。すると、張さんは暫く考えて、

 『寅だ、寅の年だ』と答えました。これを聞くと林さんは、これは不思議なと云ったように、

 『おや、私の祖父さんと同じだね、私の祖父さんは面白いのだよ、寅の歳の寅の日の、而も寅の刻に生まれたんだとさ。それでかう寅が三つ揃ったから、号を三寅とつけたんだが、可笑しいと云うので、後に三虎と改めたと云うことだ』と、祖父さんの号の由来まで話して、二人は十二支のことに話を進めたのです。

 ところで、張さんが十二支の中で、子と卯と辰と巳と、それから亥とは、どんな動物に宛嵌めるのか知らないと云いました。そこで、林さんは、さうか、じゃ教えようと云いような顔をつきおして、

 『君知らないのか、じゃ教えてやろう。いいかい、子は鼠さ、それから卯は兎で、辰は龍、巳が蛇で、亥が豚なのさ』と云って教えました。張さんはすっかり感心して、

 『成程ね、いや有難う、子が鼠で卯が兎か、それから辰が龍で巳が蛇か、そうだったね』と云って、暫く何か考えていましたが、

 『そうそう亥が豚だと云ったね、これやうまい、而も豚が十二支の殿は可かったな、全くその通り、豚はあの通り、ぶうぶう云ってぐうたらだからなア』と云いました。

 『それにもう一つ、うまいと思うのは子の鼠さ。あの小さいな、すばしこくて狡猾な鼠を、いの一番にしたなぞは面白いと思いね』と、すっかり張さんは感心してしまいました。

 これを見た林さん、またこれが可笑しくて堪らず、

 『ひどく感心したもんだね、だが、実は亥は豚でなくって猪なのさ。だが猪より豚の方がいいから豚にしたんだよと』云いました。林さんは張さんが余り感心したので、一寸冗談をやってみたくて、わざと猪を豚にしたのでした。ところで、それがまたすっかり張さんの気に入って、

 『うむ、その通り、猪より豚の方がいい』と感心して、

 『君、十二支なんて一体誰が決めたんだろうね、林さん誰だと思う!』と云って、その由来を訊きました。すると林さんは、そのことならと云ったような顔をして、

 『うむ、その由来なら、私が祖父さんから聴いた話があるのさ、一つ話して聞かそうかね』と、林さんは祖父さんから聴いた十二支の由来話をしました。その話はそうです。

 昔、ある山の奥に、一人の仙人が住んでいました。何に感じたものか、ある時のこと十二の動物を選んで十二支を作り、その十二支の動物に人間が大切に思っている年を一年ずつ受持たし、その年中は人間を支配させることにして、その功労には幸福を授けてやろう、という妙なことを考えつきました。そして早速世界中の動物どもに、

 『今度動物の中から十二だけ選んで十二支を作り、一年ずつ人間を支配させ、その功労には幸福を授けてやるから、十二支中に加えて欲しいものは何月何日此処へ集まれ、但し数を十二としたので、沢山来れば仕方がない、先着順で定めるから、そのつもりで当日は早く来るがいい』と、それぞれ通知を出しました。

 これを聞いた動物は大喜び、我こそは十二支の中に入り、人間を支配して幸福を授けて貰う。こんな結構なことはありやしない。第一人間を支配すれば威張られると云うので、どの動物もその日の来るのを待っていました。

 さていよいよその日が到来しました。待ち構えていた動物どもは我こそ一番とばかりに、何れも仙人のいる所をさして出かけました。あの体の大きな、のそのそと歩く牛も、今日こそ一番に行って、普段鈍い鈍いと馬鹿にする人間やほかの動物どもを驚かしてやろうと、夜もまだ開けきらぬうちに、小屋からのそのそと大きな体を運び出し、大急ぎで、仙人の所に出かけました。ところで、これも仙人の通知を受取って、十二支の中に入りたいと思っていた一疋の鼠が、その牛小屋の屋根裏に隠れて棲んでいましたが、牛がのそのそと小屋を出て行くのを見ると、小さいがなかなか悧巧ですばしっこい奴ですから、これはうまいと喜んで、牛の頭にこっそり飛び下り、角の下にしがみつきました。これで大丈夫、かくして行けば、俺がいの一番まつ先に着くにきまっている、いや有難い、第一歩かないで済むからなア。狡猾な獣です、ほかの獣の力で、うまく功名しようと、一人で嬉しがりながら、牛に知れないように鼠鳴きまして舌をぺろりと出しました。

 牛はこんな奴が、自分の頭に乗っていようとは、夢にも知らず、今日こそはいの一番にと、側目も触れず一心不乱に、急ぎに急いで行きました。ところでその途中、川がありましたので、牛はぢゃぼぢゃぼと渉り、それから山を越さなければならないので、牛はもう一奮発と精出して登りかけました。その時、頭にいた鼠は、もうこの山一つと知ったので、牛に知れないように、ひらりと軽く飛び下がり、一目散に山を駈け登り、とうとういの一番に仙人の所に到着しました。牛はそれを少しも知りませんでした。

 仙人の所に着いた鼠は、ほかに動物の姿が見えないのに安心しました。早速仙人の前に来て叮嚀に叩頭をして、

 『お早う御座います、私は鼠でございます。どうか十二支の中にお入れ下さい』と、挨拶やら願いやらを述べました。仙人はまだほかの動物が一つも来ない間に鼠が来たので大満足、莞爾しながら、

 『おお鼠が、お早う、まだ誰も来ないよ、お前が一番だ、第一位にしてやろう』と云いました。仙人は鼠が狡猾な真似をしたことなど少しも知らないので、とうとう鼠を十二支中の第一位に据えました。鼠は大得意で小さな鼻を蠢かして、仙人の側に控えています。こんなこととは知らぬ牛は、大きな体を急いで運ばせ、可哀そうに川を渉り、山を越えて、苦しみ喘ぎながら、漸く仙人の所へやって来ました。

 『やれやれやつと来たぞ、まだ誰も来てはおるまい、俺がいの一番だ』と、一人で嬉しがりながら、仙人の側に来て、

 『いや、お早うございます。私は牛でございます』と挨拶しました。そしてひょいと仙人の側を見ると、吃驚しました。と云うのは、何時の間に来たのか、小屋の屋根裏に潜み棲んでいる鼠の奴が、もう自分より先に来て、ちゃんと控えていたからです。

 牛はすっかり落胆して、悲しそうに眼をぱちぱちさせていると、仙人がその様子を見て言いました。

 『牛さんか、早かったな、けれどお気の毒だが、鼠の方が先に着いたから、お前さんは第二位だ。鼠の次に据えてやろう、まぁ休むがいい。まだ他のものは来ないんだから……』これで牛は残念ながら十二支の第二位に置かれたのでした。牛は仕方なく、口惜しそうに睨みながら、草原の方へ行って休みました。

 口惜しがりながら草原の方へ行った牛を、仙人の側から見送っていた鼠は、やがて牛の側へやって来ました。そして、

 『やあ、牛さん、お気の毒だね』と、さも馬鹿にしたような調子で云いました。牛は落胆のあまり悲しそうな眼つきをして、

 『うむ、残念だったよ、けど私はお前が先に来ていようとは思はなんだ。一体お前はどうして先に来たんだね』と訊ねました。そこで鼠はさも自慢そうに、実はこれこれと、脱けがけの功名をして、

 『どうだい、私はすばやいだろう、何しろ体は小さくても智恵があるからね』と、憎まれ口をきいて、ざまぁ見ろと云わぬばかりに、牛を尻目にかけて、仙人の側に帰って行きました。鼠の話で一杯喰わされたと知って、牛は大層怒りました。そして、抗議を申立てようと仙人の所へやって来て、鼠の不正なやり口を訴えました。けれども仙人からもう鼠を第一位と定めたばかりか、鼠に出し抜かれたのはお前の愚鈍いからの失態だと云われて、不平だらだら引き退りました。その時もうそこには、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬と云う順で、最後に猪の代りに豚が来たので、十二の数はすっかり揃いました。仙人は大満足、そこで約束通り、それぞれ年を受持たせ、子の鼠を第一位に、牛から虎という順に定めたので、今も人が使っている子丑寅の十二支が出来たのです。

 十二支の由来を感心して聴いている張さんは、

 『成程面白い由来話があるんだね。ところが林さん、私は一つ不思議に思っていることがあるんさ。それは猫のことだがね、どうして猫は十二支の中に入れてないんだろう。あんなに有り触れた動物だのに、どうも可笑しいじゃないか』と、猫の除外問題を質問しました。林さんは、

 『ああ、それかい、それに就いては、私はお祖父さんから聴いた話も一つあるんだよ。じゃ序に話しことにしよう』と云って、猫が十二支に入れられなかったわけを話しました。

 猫も仙人から集まれと云う通知を受けたのです。そしてどうしたつていの一番は自分のものだと、ほかの動物と同様にその日の来るのを待ち侘びていたのですが、どうしたものか、その日の前になって、その日を忘れてしまって、明日だったのか明後日だったのか分らなくなりました。そこで、つい近所に棲んでいる鼠に訊ねてみようと、わざわざ鼠の所へ出かけてその日取りを訊いてみました。ところが鼠は平素から猫の恐ろしい容貌が大嫌いで、あんなものを十二支の仲間に入れては迷惑と思ったので、猫から日取りを訊かれたのを幸に、さも真実らしく明後日だと、虚言を教えました。欺まされたとも知らない猫は、その日はお礼を云って帰り、鼠の教えたのを信用して、集まりの済んだ翌日、朝早く仙人の所へ出かけました。

 猫は仙人の所へ来て見ると、急いできた効があって、他の動物の姿一つ見えません、「やれ有難い、まだ誰も来ていない、私がいの一番だ、占めたぞ」と、一人心の中に喜びながら、仙人の前へでました。

 『お早うございます、猫が参りました』と云うと、仙人は不審そうに、

 『おう、猫さんじゃないか、こんなに早く何か用事でも出来たのかね』と云って、汗を拭きながらはぁはぁ言っている猫の顔を覗きこみました。猫はこの挨拶にこれは不思議と、俯に落ちかねる面持ちで、

 『あの今日は十二支の……』と云いかけると、仙人は皆まで聴かず、

 『うむあれかい、もう定めたよ、昨日……』と悲しそうに云いました。仙人も猫も驚きようがありまひどいので不審に思い、少々気の毒になって、

 『ああ、お前は日を間違えたね』と云って猫を宥めてやりました。猫はがっかりして、

 『そうでございますが、それじゃ鼠の奴に欺まされたんです、口惜しい』と云って、鼠が今日だと教えてくれたことを話して、一杯喰わされたのだと残念がりました。

 仙人は猫が口惜しがるのを気の毒に思って、仕切りに宥め、牛も鼠に一杯喰わされて、第二位になった話をしてやりました。すると猫は、それを聞いて、自分ばかりか牛までも一杯喰わした鼠の狡猾を怒り、あの円い眼を一層大きく円くして、

 『ああ牛もですか、糞!ひどい奴だ、よし、もう勘弁出来ないぞ』と大層憤慨しました。そして、この恨怨を晴らさずに置くものかと、かんかんに怒って、その儘帰って行きました。こんな工合で可哀そうに猫は、鼠に騙されたばかりに、楽しんで待った効もなく、とうとう十二支の中に入ることが出来ないで、除けものにされてしまいました。

 で、棲家に帰るとすぐさま仲間の者を呼び集め、鼠の悪事の一部始終を話して、

 『私は口惜しい、腹が立って溜まらない。これからみんなで鼠の所へ押かけて行って、敵討をしようと思うのだ』と恐ろしい勢で仲間に訴えました。そこで仲間の者は誰もかれも自分の事のように憤慨して、早速賛成しました。そして勢い込んで鼠の棲家へ押かけました。さあ出かけると言う時に猫は一同に向って言いました。

 『いいかな、しっかり頼んだぜ。それから憎らしいのは鼠だ、私達の仇だから思う存分遣つつけてくれ、殺したって喰ったってかまやしない。うんととっちめてやってくれ』そして自分が先頭に立って押かけました。さあ猫が恐ろしい勢で押寄せて来たので、鼠は吃驚して逃げようとしましたが、悪の報い、とうとう喰い殺されてしまいました。けれども猫の恨はこればかりではまだ解けません。首尾よく仇討がすむと、猫どもはまた相談して、

 『あんな狡猾な奴を生かして置くとどんな悪いことをするか分らないから、これからは見つけ次第容赦なく、鼠という鼠はみんな引き捉え、噛み殺して骨も殺さず喰ってやろう』と云うことに決めました。この相談は猫どもの子から孫へと伝えられているので、今でも鼠を見れば目の敵にして引き捉え、噛み殺して骨まで喰ってしまうのです。

 林さんは十二支の由来から猫の話を続けて、

 『どうだね、面白いだろう、猫と鼠の話なぞも珍しいじゃないか』と云って、にっこりしながら、冷たくなった烏龍茶を甘ように喫みましたとさ。