2007年10月15日月曜日

十二支の由来と鼠

 ある村に張永福と林清福と云う、二人の仲の好い若者がありました。二人とも感心な男で、自分達の稼業に精出して働くのは勿論、他人にもいろいろと親切を尽してやるので、村の衆は誰一人として褒めない者はありませんでした。そして悪いことをしたり、怠けたりする者を叱る時にはいつでも、お前達もあの張さんや林さんを見習いがいいと、よく引合うに出されるのでした。

 その上この二人の仲は、まったく他人も羨むほどの睦まじさで、お互いに助け合い、嬉しい時は共に喜び、悲しい時に共に嘆くと云った具合で、喜怒哀楽を共にしていましたので、友達とは言いながら、まるで兄弟のように親しく、暇さへあれば、毎日毎日両方から訪ねて来たり、訪ねて行ったりしていました。

 丁度雨の降るある日のことでした。張さんは雨の中を濡れるのも嫌わず、林さんを訪ねて行きました。そして二人は例の通り楽しく四方山の話を続けていましたが、林さんは何を思い出したものか、

 『おい張さん、一体君は何の年だね』と訊ねました。張さんは一寸面喰らって、

 『何? 私の年か』と云って、突然に妙なことを訊くなと、怪訝な顔つきをしたので、林さんはそれがまた可笑しく、

 『ははア、何をそんなに面喰らいのさ、ただ君は何の年に生まれたと訊いただけだよ。それ子だとか、丑だとか云いあれさ』と云うと、張さんも漸く訊かれた意味を合点して、

 『ああそれか、私の年かね、辰、辰の年さ』と答えて、『林さん君は?』と、直ぐ訊ね返しました。林さんは訪ねられて、にっこりしながら、

 『ああ私かい、私の年はね、午さ、午の年だから、辰巳午と云って、張さん、君より私は二つ下で、弟になるんだね』と云って、二人は大笑をしました。それからまた林さんは、

 『君のお父さんは』と訊ねました。すると、張さんは暫く考えて、

 『寅だ、寅の年だ』と答えました。これを聞くと林さんは、これは不思議なと云ったように、

 『おや、私の祖父さんと同じだね、私の祖父さんは面白いのだよ、寅の歳の寅の日の、而も寅の刻に生まれたんだとさ。それでかう寅が三つ揃ったから、号を三寅とつけたんだが、可笑しいと云うので、後に三虎と改めたと云うことだ』と、祖父さんの号の由来まで話して、二人は十二支のことに話を進めたのです。

 ところで、張さんが十二支の中で、子と卯と辰と巳と、それから亥とは、どんな動物に宛嵌めるのか知らないと云いました。そこで、林さんは、さうか、じゃ教えようと云いような顔をつきおして、

 『君知らないのか、じゃ教えてやろう。いいかい、子は鼠さ、それから卯は兎で、辰は龍、巳が蛇で、亥が豚なのさ』と云って教えました。張さんはすっかり感心して、

 『成程ね、いや有難う、子が鼠で卯が兎か、それから辰が龍で巳が蛇か、そうだったね』と云って、暫く何か考えていましたが、

 『そうそう亥が豚だと云ったね、これやうまい、而も豚が十二支の殿は可かったな、全くその通り、豚はあの通り、ぶうぶう云ってぐうたらだからなア』と云いました。

 『それにもう一つ、うまいと思うのは子の鼠さ。あの小さいな、すばしこくて狡猾な鼠を、いの一番にしたなぞは面白いと思いね』と、すっかり張さんは感心してしまいました。

 これを見た林さん、またこれが可笑しくて堪らず、

 『ひどく感心したもんだね、だが、実は亥は豚でなくって猪なのさ。だが猪より豚の方がいいから豚にしたんだよと』云いました。林さんは張さんが余り感心したので、一寸冗談をやってみたくて、わざと猪を豚にしたのでした。ところで、それがまたすっかり張さんの気に入って、

 『うむ、その通り、猪より豚の方がいい』と感心して、

 『君、十二支なんて一体誰が決めたんだろうね、林さん誰だと思う!』と云って、その由来を訊きました。すると林さんは、そのことならと云ったような顔をして、

 『うむ、その由来なら、私が祖父さんから聴いた話があるのさ、一つ話して聞かそうかね』と、林さんは祖父さんから聴いた十二支の由来話をしました。その話はそうです。

 昔、ある山の奥に、一人の仙人が住んでいました。何に感じたものか、ある時のこと十二の動物を選んで十二支を作り、その十二支の動物に人間が大切に思っている年を一年ずつ受持たし、その年中は人間を支配させることにして、その功労には幸福を授けてやろう、という妙なことを考えつきました。そして早速世界中の動物どもに、

 『今度動物の中から十二だけ選んで十二支を作り、一年ずつ人間を支配させ、その功労には幸福を授けてやるから、十二支中に加えて欲しいものは何月何日此処へ集まれ、但し数を十二としたので、沢山来れば仕方がない、先着順で定めるから、そのつもりで当日は早く来るがいい』と、それぞれ通知を出しました。

 これを聞いた動物は大喜び、我こそは十二支の中に入り、人間を支配して幸福を授けて貰う。こんな結構なことはありやしない。第一人間を支配すれば威張られると云うので、どの動物もその日の来るのを待っていました。

 さていよいよその日が到来しました。待ち構えていた動物どもは我こそ一番とばかりに、何れも仙人のいる所をさして出かけました。あの体の大きな、のそのそと歩く牛も、今日こそ一番に行って、普段鈍い鈍いと馬鹿にする人間やほかの動物どもを驚かしてやろうと、夜もまだ開けきらぬうちに、小屋からのそのそと大きな体を運び出し、大急ぎで、仙人の所に出かけました。ところで、これも仙人の通知を受取って、十二支の中に入りたいと思っていた一疋の鼠が、その牛小屋の屋根裏に隠れて棲んでいましたが、牛がのそのそと小屋を出て行くのを見ると、小さいがなかなか悧巧ですばしっこい奴ですから、これはうまいと喜んで、牛の頭にこっそり飛び下り、角の下にしがみつきました。これで大丈夫、かくして行けば、俺がいの一番まつ先に着くにきまっている、いや有難い、第一歩かないで済むからなア。狡猾な獣です、ほかの獣の力で、うまく功名しようと、一人で嬉しがりながら、牛に知れないように鼠鳴きまして舌をぺろりと出しました。

 牛はこんな奴が、自分の頭に乗っていようとは、夢にも知らず、今日こそはいの一番にと、側目も触れず一心不乱に、急ぎに急いで行きました。ところでその途中、川がありましたので、牛はぢゃぼぢゃぼと渉り、それから山を越さなければならないので、牛はもう一奮発と精出して登りかけました。その時、頭にいた鼠は、もうこの山一つと知ったので、牛に知れないように、ひらりと軽く飛び下がり、一目散に山を駈け登り、とうとういの一番に仙人の所に到着しました。牛はそれを少しも知りませんでした。

 仙人の所に着いた鼠は、ほかに動物の姿が見えないのに安心しました。早速仙人の前に来て叮嚀に叩頭をして、

 『お早う御座います、私は鼠でございます。どうか十二支の中にお入れ下さい』と、挨拶やら願いやらを述べました。仙人はまだほかの動物が一つも来ない間に鼠が来たので大満足、莞爾しながら、

 『おお鼠が、お早う、まだ誰も来ないよ、お前が一番だ、第一位にしてやろう』と云いました。仙人は鼠が狡猾な真似をしたことなど少しも知らないので、とうとう鼠を十二支中の第一位に据えました。鼠は大得意で小さな鼻を蠢かして、仙人の側に控えています。こんなこととは知らぬ牛は、大きな体を急いで運ばせ、可哀そうに川を渉り、山を越えて、苦しみ喘ぎながら、漸く仙人の所へやって来ました。

 『やれやれやつと来たぞ、まだ誰も来てはおるまい、俺がいの一番だ』と、一人で嬉しがりながら、仙人の側に来て、

 『いや、お早うございます。私は牛でございます』と挨拶しました。そしてひょいと仙人の側を見ると、吃驚しました。と云うのは、何時の間に来たのか、小屋の屋根裏に潜み棲んでいる鼠の奴が、もう自分より先に来て、ちゃんと控えていたからです。

 牛はすっかり落胆して、悲しそうに眼をぱちぱちさせていると、仙人がその様子を見て言いました。

 『牛さんか、早かったな、けれどお気の毒だが、鼠の方が先に着いたから、お前さんは第二位だ。鼠の次に据えてやろう、まぁ休むがいい。まだ他のものは来ないんだから……』これで牛は残念ながら十二支の第二位に置かれたのでした。牛は仕方なく、口惜しそうに睨みながら、草原の方へ行って休みました。

 口惜しがりながら草原の方へ行った牛を、仙人の側から見送っていた鼠は、やがて牛の側へやって来ました。そして、

 『やあ、牛さん、お気の毒だね』と、さも馬鹿にしたような調子で云いました。牛は落胆のあまり悲しそうな眼つきをして、

 『うむ、残念だったよ、けど私はお前が先に来ていようとは思はなんだ。一体お前はどうして先に来たんだね』と訊ねました。そこで鼠はさも自慢そうに、実はこれこれと、脱けがけの功名をして、

 『どうだい、私はすばやいだろう、何しろ体は小さくても智恵があるからね』と、憎まれ口をきいて、ざまぁ見ろと云わぬばかりに、牛を尻目にかけて、仙人の側に帰って行きました。鼠の話で一杯喰わされたと知って、牛は大層怒りました。そして、抗議を申立てようと仙人の所へやって来て、鼠の不正なやり口を訴えました。けれども仙人からもう鼠を第一位と定めたばかりか、鼠に出し抜かれたのはお前の愚鈍いからの失態だと云われて、不平だらだら引き退りました。その時もうそこには、虎、兎、龍、蛇、馬、羊、猿、鶏、犬と云う順で、最後に猪の代りに豚が来たので、十二の数はすっかり揃いました。仙人は大満足、そこで約束通り、それぞれ年を受持たせ、子の鼠を第一位に、牛から虎という順に定めたので、今も人が使っている子丑寅の十二支が出来たのです。

 十二支の由来を感心して聴いている張さんは、

 『成程面白い由来話があるんだね。ところが林さん、私は一つ不思議に思っていることがあるんさ。それは猫のことだがね、どうして猫は十二支の中に入れてないんだろう。あんなに有り触れた動物だのに、どうも可笑しいじゃないか』と、猫の除外問題を質問しました。林さんは、

 『ああ、それかい、それに就いては、私はお祖父さんから聴いた話も一つあるんだよ。じゃ序に話しことにしよう』と云って、猫が十二支に入れられなかったわけを話しました。

 猫も仙人から集まれと云う通知を受けたのです。そしてどうしたつていの一番は自分のものだと、ほかの動物と同様にその日の来るのを待ち侘びていたのですが、どうしたものか、その日の前になって、その日を忘れてしまって、明日だったのか明後日だったのか分らなくなりました。そこで、つい近所に棲んでいる鼠に訊ねてみようと、わざわざ鼠の所へ出かけてその日取りを訊いてみました。ところが鼠は平素から猫の恐ろしい容貌が大嫌いで、あんなものを十二支の仲間に入れては迷惑と思ったので、猫から日取りを訊かれたのを幸に、さも真実らしく明後日だと、虚言を教えました。欺まされたとも知らない猫は、その日はお礼を云って帰り、鼠の教えたのを信用して、集まりの済んだ翌日、朝早く仙人の所へ出かけました。

 猫は仙人の所へ来て見ると、急いできた効があって、他の動物の姿一つ見えません、「やれ有難い、まだ誰も来ていない、私がいの一番だ、占めたぞ」と、一人心の中に喜びながら、仙人の前へでました。

 『お早うございます、猫が参りました』と云うと、仙人は不審そうに、

 『おう、猫さんじゃないか、こんなに早く何か用事でも出来たのかね』と云って、汗を拭きながらはぁはぁ言っている猫の顔を覗きこみました。猫はこの挨拶にこれは不思議と、俯に落ちかねる面持ちで、

 『あの今日は十二支の……』と云いかけると、仙人は皆まで聴かず、

 『うむあれかい、もう定めたよ、昨日……』と悲しそうに云いました。仙人も猫も驚きようがありまひどいので不審に思い、少々気の毒になって、

 『ああ、お前は日を間違えたね』と云って猫を宥めてやりました。猫はがっかりして、

 『そうでございますが、それじゃ鼠の奴に欺まされたんです、口惜しい』と云って、鼠が今日だと教えてくれたことを話して、一杯喰わされたのだと残念がりました。

 仙人は猫が口惜しがるのを気の毒に思って、仕切りに宥め、牛も鼠に一杯喰わされて、第二位になった話をしてやりました。すると猫は、それを聞いて、自分ばかりか牛までも一杯喰わした鼠の狡猾を怒り、あの円い眼を一層大きく円くして、

 『ああ牛もですか、糞!ひどい奴だ、よし、もう勘弁出来ないぞ』と大層憤慨しました。そして、この恨怨を晴らさずに置くものかと、かんかんに怒って、その儘帰って行きました。こんな工合で可哀そうに猫は、鼠に騙されたばかりに、楽しんで待った効もなく、とうとう十二支の中に入ることが出来ないで、除けものにされてしまいました。

 で、棲家に帰るとすぐさま仲間の者を呼び集め、鼠の悪事の一部始終を話して、

 『私は口惜しい、腹が立って溜まらない。これからみんなで鼠の所へ押かけて行って、敵討をしようと思うのだ』と恐ろしい勢で仲間に訴えました。そこで仲間の者は誰もかれも自分の事のように憤慨して、早速賛成しました。そして勢い込んで鼠の棲家へ押かけました。さあ出かけると言う時に猫は一同に向って言いました。

 『いいかな、しっかり頼んだぜ。それから憎らしいのは鼠だ、私達の仇だから思う存分遣つつけてくれ、殺したって喰ったってかまやしない。うんととっちめてやってくれ』そして自分が先頭に立って押かけました。さあ猫が恐ろしい勢で押寄せて来たので、鼠は吃驚して逃げようとしましたが、悪の報い、とうとう喰い殺されてしまいました。けれども猫の恨はこればかりではまだ解けません。首尾よく仇討がすむと、猫どもはまた相談して、

 『あんな狡猾な奴を生かして置くとどんな悪いことをするか分らないから、これからは見つけ次第容赦なく、鼠という鼠はみんな引き捉え、噛み殺して骨も殺さず喰ってやろう』と云うことに決めました。この相談は猫どもの子から孫へと伝えられているので、今でも鼠を見れば目の敵にして引き捉え、噛み殺して骨まで喰ってしまうのです。

 林さんは十二支の由来から猫の話を続けて、

 『どうだね、面白いだろう、猫と鼠の話なぞも珍しいじゃないか』と云って、にっこりしながら、冷たくなった烏龍茶を甘ように喫みましたとさ。